原作者・宮尾登美子さん インタビュー
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「篤姫は心から敬愛する女性」と語る宮尾登美子さん |
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−篤姫を書こうと思われたのはなぜですか。
「一貫して女の一生をテーマに書いてきた。篤姫は幕末の動乱期に婚家の徳川家を守るなど、男性もなし得なかったことをやり、立派に生きた。心から敬愛でき、女性としても見習いたいと思った」
−1982(昭和57)年に取材で、鹿児島を訪ねていますね。
「(篤姫の生家今和泉島津家の領地だった指宿市では)篤姫が育った岩本村(現指宿市岩本)や今和泉島津家の菩提寺(ぼだいじ)である光台寺(跡)などに足を運んだ。環境、風土は人間性を育てる。篤姫の人間形成に薩摩の風土が大きく影響していると思った」
−どこに篤姫の魅力を感じますか。
「潔い生き方にひかれる。和宮降嫁(こうか)のときと倒幕の動きが激しくなったとき、薩摩藩から戻るようにいわれても断った。さらに江戸城明け渡し後の困窮時にも、島津家から申し出があった援助をけっている。いったん嫁(か)したからには婚家先の人間として生きる覚悟があった。こうした点を鹿児島の人にもぜひ関心をもって見ていただきたい」
−現代に生きていたら篤姫はどんな女性だったでしょうか。
「今の時代は女の人もはっきりした考え方、きちんとした方針を持って生きなければならない。その点、篤姫はしっかりしていた。頭もいいし、情報が女性になかなか伝わらなかった時代に、非常に情報収集に敏感だった。現代に生きていても、さまざまな情報を冷静に分析し、自分の考えを打ち立てただろう」
−鹿児島では篤姫への関心が高まっています。
「私が取材し新聞連載したころは、鹿児島でもほとんど知られていなかった。この素晴らしい女性を愛して大事にしていただきたい」
開会式には宮尾さんも出席してテープカット。企画展を見て回り、バッグや香合など愛用品のコーナーでは懐かしそうに見入っていた=写真。
「小説『天璋院篤姫』の世界」「宮尾登美子の作品世界−『女の一生』を描く」など4部構成。直筆原稿や取材・創作ノート、映像化作品パネルなどを通し作品世界を紹介している。
同文学館=099(226)7771。



















