「この仕事は親の死に目に会えない覚悟で…」。幼いころテレビで歌手が語っていた記憶があるが、私の場合もそうだった。日々衰えていく父の容体を兄から携帯で聞きながら、地方での仕事が続いていた。いよいよ危篤という時、私は岡山にいた。
地元の交響楽団の人々とリハーサルを終え明日の本番に備えて眠りについた夜、訃報が入った。覚悟はしてたもののあまりの喪失感に、あろうことか兄の報告を正直恨んだ。どうせ間に合わないのなら、なぜ知らないままコンサートをさせてくれなかったのだと。こんな、心がズタズタの状態でどうやってほほえみながら歌えるというのだ。
眠れないまま朝がきて、最終音合わせ後本番を迎えた。滞りなくコンサートは盛況に終わり支援団体の方々との乾杯後、帰りの車の中で初めてマネジャーに父が昨夜亡くなったことを告げた。
周囲は「立派だった」とねぎらってくれたが、私は自分をしばらく受け入れることができなかった。自分は優しさを届けようとしながら実は相当冷酷な人間なのではないか、あんな極限状態で鉄のように心を乱さない女は最も魅力のない女性なのではないか…。常々母や兄に「まこてオトコんようになって…」と嘆かれていた私は自分の強さに落ち込んだ。
でもあの時私を救ってくれたのは周囲の人々だった。何も知らない普通に流れる空気が私を導いてくれた。客席一人ひとりから届く一本一本の光がふと崩れそうになる体を支えてくれるように感じた。「独りではない、目の前の人を大切にしなさい」。父の声が聞こえた。
先日友人のお母さまが亡くなられた。友人は思いやりの深い医者だ。なのに身内の病に気付けず疑問を持ちつつも母親の入院先の療法まで踏み込めなかった。自分を責める姿に「でもあなたは患者さんを救っているじゃない。身内だからって目の前の患者さんを後回しになどできないでしょう?」と私は言った。埼玉に住む中学の友人は、ご主人の仕事で家族と海外にいたためご両親の死に目に会えなかった。転勤ばかりで何も親孝行できなかったと今も苦しくて帰省できないと打ち明けた。
歌手だからって特別はない、どんな人にもムリな時はある。周囲を振り回してまでキバらんでよか、「今目の前にいる人」がなすべきことを教えてくれる、それに素直に従って生きればよかが。そう父は教えてくれている気がする。
先月晴れた日。母のお下がりの喪服を着て三回忌の法要を終えた。


















