自慢じゃないが物持ちがいい。奈良に4年、東京に20年、延べ9回引っ越したが、現在の住まいにはその折々の家具が健在だ。
25年前(ぎょ!)大学入学時に購入した姿見9800円、おみそ汁用の小ぶりな鍋580円(特価)などは序の口で、980円のカラーボックスまで押し入れの整理棚で活用。さすがに電化製品はないでしょうと思いきや、オーブントースター(2900円)も現役…すべて奈良のダイエーでそろえました(笑)。特に愛情はなく、壊れないから使っているだけなのだが、裏を返せば「壊れるまで使い切る根性」か(笑)。
すべて活用しているわけでもなく、10年前に旅館で衝動買いし結局物置に眠ったマッサージ機を久々にリビングに1人で運んだら、逆に腰を傷め、泣きながらスイッチを入れたらちゃんと作動する。んもーっ、捨てたいものほど壊れてくれないのだ。
恥ずかしながら、作曲する時中学時代の「トムとジェリー」のセルロイドの下敷きをたまに使う。あと、脚が片方とれた目覚ましも、朝寝坊の中学生だった私を見かねた父からの贈り物だ。
わざわざ実家から運んできた物もある。洋服ダンス。家を建てた時ついでに大工さんに1万円でこしらえてもらったもので、幼いころから私の普段着が折々この引き出しに納められてきた。古いし立て付けも悪いからもう捨てるというので、東京に引き取った。9万円かけて補修したがあまりに地味で、どうかと思いつつ結局使っている。引っ越しごとに値段もコンセプトも違う家具が増えたが、何となく部屋で調和してるのは、互いに「木の素材」という点でつながっているからかもしれない。
こう書くとさぞかし私の部屋はモノであふれていると思われそうだが、実は処分するのも潔い。
私の洋服片付け3原則は「3年着なかったら処分」「1着買ったら3着処分」「普段着は買わず古いよそいきを再利用」。アフリカへ送ったり、リサイクルショップなどで服は半分に減った。それでもまだ減らしたい。理想は「好きな物に囲まれて暮らす生活」。自分の把握できる数の服と食器と家具があればいい。それらの物を友人としてちゃんと大切に扱いたい。
そして最近気がついた。愛したいのなら捨てなさい、と。買い物は感覚の刺激や潤いになるが、心は1つだけ。たくさんの物に注げばそれだけ分散する。捨てる気なしには新しい物のすむスペースは生まれない。私は不器用だから買い物はほどほどにしとこう、と。


















