記憶をたどると、故郷への愛着が少なかったことに気づく。海や山に恵まれながらも、路面電車かバスしか知らなかった子供のころ、私の周りの景色はありきたりな町並みと桜島だけだった。宿題とテストに追われた高校時代、コンタクトの瞳に火山灰が入るのがつらい自転車通学だった。
大学の4年間を奈良で過ごしたが、これもあまり楽しいとはいえず、確かに歴史的神社仏閣には恵まれたが少々退屈で、なんで花の女子大生活に鹿児島よりさらに田舎の奈良を選んでしまったのだろう! と後悔した。日曜日には閉店するひっそりとした商店街、だからといって大阪のごった返したような人込みにもついていけず、東京に移って正直ホッとした。
都内の家賃は鹿児島市の約3倍だろう。けれど制約や節約はときに、快適な暮らしのヒントを生む。狭いマンション生活だからこそ、自分流の空間を作れるし、不必要なものやアバウトな人間関係を潔くカットできるからだ。
新宿駅で最初に見たものは女性の浮浪者だった。汚れてはいるが、60歳前後のその人はそこそこの容姿で夏冬と服装も変えていることを、日々駅を使ううちに私は理解した。ふと「あぁ、東京なら浮浪者にもなれるのかぁ」とよぎった。誰一人知る人のいない町。親せき家族や友人の目の届かぬ、どこまでも堕(お)ちていける無制限の自由に、鹿児島との明確な違いを悟った。
アメリカのテロ以来海外への興味が薄れ、最近はもっぱら国内を旅しているが、今年の春飛騨高山奥地の白川郷まで足を延ばした。農家の大家族がわらぶき屋根の下、いろりを囲む生活を静かに続けている村。薫風を受け、こいのぼりが田んぼの水鏡にゆらゆら泳いでいる。驚いたのは隣のアメリカ人が「my dear old home…(なつかしい)」ともらしたこと。私も知覧の武家屋敷を歩き、石塀をなでながら「どちらか後継ぎのいないお宅はありませんかね?」と地元の遠縁に尋ねてしまった(笑)。
狭い・高い・忙しい…これが都会の3キーワードなら、田舎は、広い・安い・のんびり…が基本。異国や住宅地に育った人間が初めて訪れた場所で、『懐かしい』感情を抱くのはなぜだろう。
あのころ全く心に響かなかった景色や人が、今になってさやさやと感情を揺さぶる。故郷を考える時、政治や株価の動向とは異なる、控えめな道しるべや戒めを感じる。これからどこに行けばいいのか、還(かえ)る場所は? 人は? 頭ではなく、きっと自分の体が「ここだよ」と教えてくれるその日を待っている。


















