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'05/11/22 夕刊掲載 
美登里のオフタイム

〜  13  〜

へこんだ心にどらやきを

昨夜3回もマネジャーから携帯に電話が入っていたので何事かと思いきや、先日の雑誌の取材テープをライター自ら全部消してしまったという。メモをとっておらず、再度取材させてほしいと頼まれた。

記者にあるまじき失態だが、よく知った人だし仕方ないことなので、翌日事務所に赴くと、ライターの女性が座っている神妙な背中が見えた。すぐ行こうかと思ったがちょっとコバラがすいており、ふと給湯所を見ると他のアーティストからの差し入れのどらやきが目に入った。うふうふ、1個失敬しぃちゃお、と手を伸ばした瞬間、「辛島さんの分はもう取ってありますよ」と彼女の声(わちゃっ)。「な、な、なん…」「栗入りの粒あんですよね」、ななんでわかるのだ。すっかり腰砕けの私はどらやきとお茶をすすりながら「ででも、あなたなんで消しちゃったの?」と尋ねた。

理由はこうだ。いつも取材の時は2つの機材を準備する。さて原稿を書こうとMD機器Aの再生ボタンを押した途端、デリート機能が誤作動して録音した内容が全部消えた。予備のテープ機器Bは録音中の赤ランプを確認したが、実際は点灯してただけでテープは回っておらず録(と)れてなかった。ま、つまりAB両方とも故障していたわけだ。

彼女はビクビク。失敗を恐れ、本当に作動しているかのろわれたように壊さんばかりに機器をチェックしている。どらやきをもひとつ食べながら私は言った、「だからねぇあなた、機械に頼っちゃいかんのよ、新聞記者をご覧なさい、政治家を囲みもみくちゃになりながら左手にレコーダー、アゴに手帳はさんで右手でメモとってるでしょ、基本は自分の耳と心ってことなのよ」。

いつしか保険のつもりであれこれ準備しすぎて本質を見間違うことがある。玄関の鍵をいくら増やしても隣近所のつきあいがなければ緊急の時助けてはもらえない。私も含め、ガードルパンツでいくらおなかを引き締めても、はみ出た肉がポコポコ脇下や背中にタコ焼きのように飛び出すのは、その前にやせる必要があるからに他ならない(ちょっと違う?)。

会って感じた時間を文章化するのが記事。心に残る一言ですべてを許せたり愛せたりするのが人間。何万曲ダウンロードできても本当に好きな曲は数曲。だからお願い、物に頼らないで。私があなたのどらやきで優しくなれたように、失敗を癒やすのは物ではなく、人の間に挟まってるあんこみたいな心のクッションだったりするのです。

(辛島美登里=シンガー・ソングライター)
鹿児島市出身の辛島さんのエッセー。隔週火曜日に掲載します。
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