正月早々アフリカ・ケニアを旅してきた。今まで人間をたくさん見すぎた。だから新年くらいは動物たちとともに始めたいと思ったのだ。
羽田から関空、そこから国際線でドバイ(サウジアラビア)中継でケニアの首都ナイロビを目指す。が、飛行機のトラブルでなぜかタンザニアに立ち寄るハメに。結局約24時間かかって到着し、安心したのもつかの間、荷物が迷子、3日後にやっと手元に届いた。ナイロビ在住のツアーの女性責任者は「辛島さんまだマシですよ。帰国日に荷物が戻ってきた旅行者もいましたから」と、自分の服やとりあえずの日用品を詰めたバッグを渡してくれた。
サファリをする国立公園はどこも遠い。舗装してない道を車で平均6時間、酔っている暇もないくらいデコボコ道と砂ぼこりの中、花粉用マスクとサングラスでおよそ怪しい旅人と扮(ふん)して、赤茶色の土と枯れ草原と放牧のやせた牛たちを眺めた。
アンボセリに向かう道はただただ貧しい。ブリキと板でこさえたキャラメル箱のごとき家が互いに支えあうように並び、羊飼いのマサイ族の足は黒檀(こくたん)の箸(はし)のように細い。ケニアの車はほとんどが日本車の払い下げの中古のようで、反対方向でエンストした車を助けようとした別の車が砂地にはまってスリップしていた。即座に男衆はみんな降りて止まった車を持ち上げる。40度の炎天下、ほぼ砂漠道。車を救助して、20分後戻ってきたドライバーは言った。「トェンデ、ポレポレ(ゆっくりいこう)」。おい! 冗談じゃないよ、ゆっくりしてたら、あたしゃ干からびちゃうよ!
なんでこんな厳しい条件下に住むのだ? 重い気持ちでサファリは夕刻始まり、最初に目にした光景は日の沈む大地に集うたくさんの動物だった。ゾウもキリンもガゼル(シカ)もヌーもシマウマも一緒。鳥を背中に乗せたサイがそこに交ざって、決めたわけでもなく、大草原で乾季の少ない緑草を分け合うように食(は)んでいる。それは日本的頭で想像する貧しさや不便さを一笑に付す『平和』の姿だった。大きなものも小さなものも共に暮らす、地球のあるべき姿だった。
最後のサファリの日、恵みの雨が降った。柔らかな緑色が沸くように原っぱに浮かび上がった。枯れた草は知っていたのだ、『待っていれば雨が降る』と。蓄えは乏しくとも、ここの動物も植物も人もみんな信じる力を、私よりずっとたくさん持っている。
トェンデ ポレポレ…2006年。私も雨を待つ枯れ草のように生きよう、ゆっくりと。


















