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'06/02/07 夕刊掲載 
美登里のオフタイム

〜  18  〜

生の声

食べるのが好きで、最近男性を誘っては(誘われろ!)居酒屋にも行く。個室は苦手で、年末対談した格闘家の高田延彦さんも「個室を使うのは周囲に迷惑かけないよう、若いヤカラと打ち上げする時だけ」とおっしゃっていた。『隠れ家』というもったいつけた店も気に入らない。ただ楽しく食事するのに、逃げも隠れも必要ない、余計なお世話! と毒舌はここまでにしとこう(笑)。

下町の魚のおいしい元気な居酒屋さん。その立ち居振る舞いに、ただものではないと感じ尋ねたら、元々は神戸のイタリアンシェフだったという。で、とりあえず「震災は大変でしたね、えっといつ、6年? 7…」「11年目ですわ」。制されて、己の軽薄さを恥じた。

故郷でレストランを開業し3年、軌道に乗り始めた矢先の震災。「実家を探すけど、わからんの。この辺かなぁ、ゆうくらいでね」。戦後の焼け野原ちゅうのはまさにこうやってんなて思いました、と彼は魚をさばきながら続ける。「会社員とちゃうて保障もないし、また店を始めたけど住む家と二重の家賃はしんどうてつぶしてもうて、家族残し3年前東京に単身赴任ですわ」。淡々と刺し身を盛り付けながら、「不謹慎やけど、ほんま生き残った人のほうが地獄やと思いました」。そして最後に「震災のあと、サリン事件あったでしょ、あれで全部持ってかれましてん…記事が小さくなったら世間の意識も薄れてしもて」。

店の主人らしき人が「この忙しいのに客としゃべり過ぎだ」と言いたげに注文を回してくる。マグロの漬けを並べながら「でもね、白身のさかなは明石が一番! 築地にも負けまへん。絶対また神戸で店出して東京へのリベンジですわ」と結んだ。

プラスチックのビールケースに腰掛けて飲む寒空の酒のさかなには重過ぎて、少し酔った。彼だって今日、女相手に真顔で自分の人生の大事を語ろうとは思いもしなかっただろう。世の中は流れるしかない。ギリシャで沸いたオリンピックの感動も、トリノでメダルがとれたとしても、IT社長が転落してもまた次の話題が塗り替えて歩むべき、それが『時代』。でも心は簡単に流れない。責任をとり家族を守り目をそらさず生きていく。だからこそ、メディアに残らない温もりや悲しみを抱きしめようと、街の片隅で人は生の声で語りあうのかもしれない。

先日店をのぞいた。せっせと鶏肉を串に刺してる姿を見たら、なんか気恥ずかしくてそのまま通りすぎた。私はどんなふうに生の歌を歌おうか。

(辛島美登里=シンガー・ソングライター)
鹿児島市出身の辛島さんのエッセー。隔週火曜日に掲載します。
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