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'06/03/07 夕刊掲載 
美登里のオフタイム

〜  20  〜

「ベストを尽くす」なんてありえない

なんだかんだ言われつつもトリノは終わった。だが冷静に振り返れば今までだってさほど日本勢が強かったわけではない。ただ時の魔法はお人よしだから、長野のジャンプやギリシャの水泳、マラソンなど輝かしい瞬間だけを記憶に刻み、今度も!と夢を託してしまう。厳しいかもしれないが0.1%の光の影に99.9%のくやし涙がにじむ、それがオリンピック。今回トリノに遠征した日本代表選手団238人をもってしてもメダルは金1個、そのむなしさとは別に、選手も競技種目も変わったなぁと感じた。

例えばスノーボード。ヒップホッピーなルックスと振る舞いは、私にとって新種のオリンピック競技だった。スタート前にカメラ目線でポーズをとる度胸も、初っぱなから派手技を仕掛け惨敗し、じだんだ踏む姿はまるでケンカに負けた子供のようで、悲壮というよりむしろかわいらしく、「勇姿」とは程遠い幼さを感じた。

選手のコメントで一番多く、常々疑問に思うのは「ベストを尽くす」だ。「ベストを尽くす」とは? 自分の持てる限りの力で挑む、ということだとしたら、私ならそんな競技すぐに棄権する。普段必死で練習を重ねても困難な技や記録を、大観衆のプレッシャーの中、1回勝負で達成しようなんて、そんな賭け、小粒な自分にできるはずがないからだ。

フィギュアの荒川選手はショートプログラムの後「3回転ジャンプの最中でここは2回転にしとこうと抑えました」と語った。彼女にとってのベストは3回転。でもベターの2回転を選んだからこそ上位に食い込めた。その判断を本番の跳んでいる瞬間に下したのだ。彼女の情熱の炎はただの真紅ではなく、最も高温で寡黙なブルー。「欲を出さずに滑りたい」とも言っていた。ベストを尽くそうと捨て身になるのではない、逆に究極の場面でも平常心で自分をコントロールできる精神が勝利へと導いた。比べるのもおこがましいが私も似ている。リハーサルでうまく歌えない個所を本番で成功させようと挑むこと自体が厚かましい。だから「本番はリハーサルの4割できればいい、それが自分の実力」と言い聞かせてステージに向かう。

テレビで野球のイチロー選手が言っていた。「僕ずーっとダメですよ。本当は5割打てると思うのにこのところ3割しか打てない。難しいなぁ」。あこがれのヒーローが淡々と「僕ダメですよ」と言う、それに感動した。謙虚とか誠実を超えて、目線が静かで菩薩(ぼさつ)のようだな、と思った。

(辛島美登里=シンガー・ソングライター)
鹿児島市出身の辛島さんのエッセー。隔週火曜日に掲載します。
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