普段野球に興味がなくとも、先日のWBCでの日本の勇姿には多くの人が感動したことだろう。なんせ、70歳を超えた私の母までもがTV観戦したほどだ。アメリカ戦での審判の判定トラブル、韓国戦での屈辱的2敗で傷心帰国の寸前、メキシコのおかげで九死に一生を得、その後の快進撃は周知のとおりだ。
実は今までなんで男性がそんなに野球に夢中になるのかわからなかった。TVのナイター中継をさかなに幸せそうに晩酌したり、優勝に歓喜して川に飛び込んだり、ビールがけしたり、新聞のスポーツ欄に飽きたらずまたスポーツ紙を買い込む姿など、女には不経済で理解できないことだらけだった。
しかし今回少し偏見がとれた。とかくスポーツは勝ち負けで判断される。しかし点数だけではない、ゲームの内容だけでもない、ゲームとゲームの間を結ぶドラマ展開があるからこそ、勝っても負けても野球は人を魅了するのだ、ということを知った。ボブ・ディビッドソンの判定でアメリカに勝ちを奪われた時、本国メディアもその非を認め、さらに日本にはいつも手厳しい韓国も同調してくれた時、私はすごく癒やされた。さらに準決勝戦で、初めて日本に惜敗した韓国の理性的対応もありがたかった。
韓国は1次リーグで唯16試合全勝だったのに1度負けただけで日本に決勝権を譲るという不条理の中「いい試合だった。日本にはアジア代表として優勝してほしい」と述べ、私はお互いの複雑で不幸な歴史を超えて、やっと近づき始めたと実感した。
一昨年サッカーのアジアカップで日本に負けた中国が起こした暴動や、昨年ワールドカップ最終予選の北朝鮮との試合をタイで無観衆の中行った異常事態など、スポーツを通して国の本音の感情を知る機会はとても多い。えっそんなに日本は嫌われていたの?…とただたださみしい気持ちになる、その無知さ加減が余計他国には勘にさわることもあるのだろう。
日本野球団は武士の忍耐と連帯感、大舞台でもたじろがないヒーローの風格を新たに加え、優勝した。負けたキューバの応援団も「日本はよくやった」と褒めてくれた。
策を練るほどもつれ合う政治、経済、戦争。けれどよい試合をすれば自然と互いを認め合えるとは、なんと皮肉なことだろう。もちろん国民感情はそんな単純なものではない。けれど、今まで冷ややかに見ていた韓流ブーム、もしかして韓国の人々に「けっこう日本人て無邪気なのかも」と緊張をほぐす一因になっているとしたら、ま、許せるかな(笑)。


















