さて、恒例のベランダの苗植えの季節がやってきた。私のモットーは『無理しない、途中で投げない!』なので、ガーデニングは種から育てず苗を買って植え、時期が終わったらまた新しい苗と取り替える…と手抜きしながら楽しんできた。それでも育てた花木を処分する時は一番心苦しい。自分の手入れの悪さで弱らせてしまった植木、でもまだ死んではいない、よく見ると薄緑の若芽が硬い枝からニョキッと「ミドリちゃん、コンニチハ」と顔を出している、あぁ目が合ってしまった、もう捨てられないと、また残してしまう。うまく視線を外せた草木を処分し、春と秋、半分くらいをリニューアルして今年も新しい花を植えた。
ガーデニングで大変なのは、土の入れ替えだ。一軒家の庭ならいいが、花壇用土を業者に運んでもらっても、古い土は戻し場所がない。結局ゴミ用ビニール4袋分の古土をマンションの庭に捨てることにし、私は夕暮れ時を待って、なぜか人目を避けながらチョー重い砂袋をさげてマンションの裏階段から庭に出た。そこで樹木の下あたりに土を戻すのだが、これがなんとも後ろめたい気分なのだ。明らかに私の出した土は、庭の元土と色が違う。あぁ、だから山奥でも埋められた死体はこうやって発見されるのか、とまるで自分が2時間ドラマの犯人にでもなった気分だった。
私は非情なガーデニストなので、朝顔の種もとっておかないし、鉢の隅でいつか球根に育っていたもの、芽の出た草、土の中で地上デビューを待っている幼虫…すべて見ないふりでゴミに出してしまう。音楽業界には内証だが、カラス撃退用にCDもぶら下げる(しーっ!)。いちいち情をかけていたら、自然界のおびただしい生命力に人間のこさえたちゃちゃいベランダなどすぐ占拠され、荒れ放題の空間になってしまう。だから思い切って整理する。それでも年に数回土に触れ、種や根っこや芽や虫たちと出合い、「お、まだ生きてたの?」「ごめんね、バイバイね」を何度も心で言葉を交わすのがひそかに楽しい。身勝手と言われてもそれらは私の大切な、庭のともだちなのだ。
アメリカのバーモント州で草花の楽園を作っている90歳の絵本作家のターシャ・テューダーさんの暮らしは素敵だ。春から夏は庭仕事、秋には果実を収穫しジャムや果実酒を作り、冬は絵本の創作期間にあてる。電気はひかず、スローライフを静かに営んでおられる。私にとって理想の生き方…つまり、とてもまねできないということだ。でもいつか、ターシャさんの庭を訪ねてみたいと思う。


















