誕生日がきて45歳になった。「え〜ッ! あなたってそんな年だったのぉ」と驚いているのは読者以上に私自身なのだが、何とも恐ろしい事態だ。45歳といえばあなた、もうそりゃ祖母の時代なら孫がいた年齢だ。結婚し子供を育て、その子供が成長してまた子供を産む。なのに私はその第一関門で早くも足踏み状態(笑)。
別にプライドが高かったわけではない、さぁ、咲くわよ! って時期に他にも面白いことがあってよそ見しているうちに春が過ぎ、いつのまにか秋になり、つぼみは膨らんだまま表面が硬くなり、ドライフラワーになってた(とほほ)。
ま、外見はどうにせよ、さらに恐ろしいのは自分がちっとも精神的に『大人』になってないということだ。まず自分の立ち位置がわかっていない。諸先輩方が「最近の若い人は…」と嘆くたびに「ああ、すいません」と自分の年を忘れて、若い人側で小さくなっている。「ああゆうオバサンにはなりたくないなぁ…」と思うその人が自分よりずっと年下だったりとか、なんかナメられて扱われていると感じる男性が30そこそこだったりした時など(アンタなんかあたしの息子でもおかしくないんだぞ!)と、わけもなく悔しくむなしい。
小さなことに目がいくようになった。良いことばかりではない、例えば店に入ると「いらしゃいませ」「いらしゃいませ」…連呼して店員が叫ぶ。これは客に対してではなく「ほら客が来たから気合入れて!」という内輪のお知らせモード。客の顔も見ず店員同士が「いらっしゃいませ」の伝言ゲームしてそれで『接客第一』などと勘違いするなよ、と。
半面小さなことにも傷つく。歯の治療後、看護師さんが「ではお大事に」と言った時。私「あの、飲み薬は?」、彼女「あ(忘れてた)、食後にこの痛み止めを飲んでください」、私「(驚いて)痛みはなくても飲むんですか?」、彼女「(意地になって)はい、そうですっ」。その時私は「先生に確かめてください」とどうしても言えなかった。なぜかって、自分が歌手だと知られているからだ。キツイやつだと思われたくない、それだけの理由で引き下がった自分が情けなかった。それは黙ってる辛島さんが悪い、ちゃんと言うべきだよ、確かにそうだ。だが『有無を言わせない空気』がときに病院や社会にはある。私などはいいが、お年寄りは大変だろうと思った。
せっかく年を重ねるのだ。年下クンの余裕のない応対やふるまいを許したり、諭したり、刺激されたり、楽しく共存したいと願う。


















