先週このコラムで、中田英寿選手がワールドカップ敗退後とった行動に「ちょっと違う」と評したら、原稿の掲載日前夜に中田が引退を表明し、偶然自分の文と中田の引退記事が同日に載ってしまった。ワンアクションに対する一個人のコメントとスターの一世一代の決断とを比べるにはあまりに場違いで、不可抗力とはいえ後味が悪かった。
と、うじうじ考えていたら今度はフランスのジダンがイタリア選手に頭突きしてレッドカードで退場、そのまま引退というニュースが飛び込んできて、またあ然とした。試合前から引退表明はしていたものの、ここまでフランスチームの士気を高め、勝ち進んできた誇り高きスターが、決勝にこんなくだらん暴挙でフィールドを去るなんて。後日家族に対する侮辱と本人は述べたが、その是非は複雑な問題を含んでいるにせよ、でもなーんかジダンてかわいい、と思った自分が意外だった。
スターは完ぺきであってほしいと願う半面、それが崩れる瞬間、裏腹に人はその弱さに愛着を感じ応援したくなる時がある。それはスターの悲運を通して、自分自身のツキを逃した経験をだぶらせてしまうからだろう。子供のケンカのようにカッとなり一生を台なしにする。あんなこと言わなければよかった、もっと冷静に先をみて行動すればよかった、そんな悔恨の出来事は誰にもいくつかはある。
自分なんかと同じことをあの天才選手もやっちゃうんだバカだなといとおしい気持ちが沸くと同時に、その後先の計算のない散り際をピュアだと思う。中田選手は「他にやりたいことがある、その機が熟した」と去った。ビジネススクールに通うとも聞いた。なんと鮮やかな転身だろう。
夢多きすてきな人生、あこがれるが、われわれとは永遠に交わることがないのだなぁと、わかっていても羨望(せんぼう)と寂しさがよぎる。ところがジダンの引き際は頭突きで、レッドカーペットどころかレッドカードで退場だった。英雄にまつりあげようとしてた周囲は大コケだ。でもその計算違いがなければ、私はジダンの名前を覚えることは一生なかっただろう。
『太陽にほえろ!』でジーパン刑事の松田優作が敵に撃たれて死ぬ場面で、自分の血を見て「なんじゃぁこりゃぁ!」「おれぁ死にたくないよ!」とぶざまに叫ぶシーンを覚えている人は多い。あんなカッコいい人があんなカッコ悪く幕を閉じる、だからこそ聴衆はいまだに彼を愛し続けるのかもしれない。
『人生いろいろ』と島倉千代子も小泉サンも言ったけど、あなたは中田派? ジダン派?


















