先日岩手県の渋民(しぶたみ)町でコンサートを行った。8年前訪れた時は玉山村渋民町だったのだが、今年の1月盛岡市に合併され玉山村という名前はなくなった。石川啄木の故郷である。記憶力の悪い私はすぐ地名を忘れる。けれど「村」という響きが好きで、玉山村の名前は記憶に残っていた。
リハーサルを終え楽屋に戻るとスタッフが「辛島さん、今日の仕出しのお弁当屋さんなんですけど、忙しくて夜コンサートを見られないのでプレゼントだけでも渡してほしいって」と地元産のワインを持ってきた。まぁ!と思って廊下に出ると40半ばくらいのおかみさんが恥ずかしそうに立っていらした。お礼を言うと「8年前は見られたんだけど今日はずっと忙しくて、残念です」とおっしゃる。せめて握手しようとしたら「いやもう、手がカサカサだからぁ〜」と恥ずかしがって手をエプロンの下に隠した。「いいじゃないですか、たくさん働くありがたい手なんだから!」。笑いながら重ねたその手のひらは冷たく、荒れていた。この手で毎日何10キロもの米を研ぐのだろう、野菜を洗うのだろう、揚げ物を扱うのだろう、触れるだけでこの人がどんなにまじめにお弁当を作ってきたかが伝わった。大体、8年前にコンサートやって今回見れないからお祝いだけでも…。それって親せきの義理人情じゃないか!?
ライブ後はたくさんの方が列を作って声をかけてくださった。「こんな田舎に来てくださって」「また来てくれるとは思わんかったよ」。東京ではまず聞かれないセリフ。こんな田舎…それこそが今一番私たちに欠けているオアシスなのと、胸が熱くなった。
今年父の故郷の曽於郡輝北町が鹿屋市になった。曽於郡はなくなり曽於市。でもパソコンでは「ソ押し」と変換されてしまう。2年たったが甑町より甑「村」って呼びたいなぁ。だってあったかいんだもの。知覧もお願いだから「ちらん」とひらがなじゃなくて、この漢字を知っていることを誇りに思う子供が育ってほしい。昔は「指宿はユビヤドじゃないんだよー」といばっていたが、今は「祁答院」を読めるのが他県の人への私の自慢。字を見ただけで、仏さまが宿っている気持ちになる。
時の流れも合併も止められない。けど、決まってしまったのなら大事にしていきたい。子供が「私いちき串木野市なの、なが〜い名前でしょ。でもなが〜く住めるいいとこなのよ」、そんなふうに他県の人に言える街になれば、今私が懐かしみ惜しむ町の名前のように、新しい名前はきっと愛され心に刻まれると思う。


















