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'07/01/23 夕刊掲載 
美登里のオフタイム

〜  42  〜

心の真ん中、道の真ん中

体力のあるうちはサバイバルな旅がしたいと、去年のアフリカに続き新年早々インドを旅してきた。ガンジス川の沐浴(もくよく)で有名なベナレスから車で30分ほどのサールナートは、ブッダが初めて説法を行った場所だ。インドは仏教の発祥地だけれど、実際はインド人の8割以上がヒンズー教徒で、仏教徒は1%にも満たない。ではなぜ日本で多くの人々の心に定着したのか?
 
 王の子として生まれたブッダは何不自由なく育ち16歳で結婚し子供ももうけるが、貧しい民衆の生活や不平等を知り、29歳ですべてを捨て修行の旅に出る。しかしあらゆる難行苦行をしてもなかなか悟りの境地を得られず、彼は矛盾を感じ始める。断食や苦行は確かに精神を鍛錬させるが、極端な抑圧は身体を壊し、心をねじれさせはしないか? かといって怠惰な生活の中では人は堕落してしまう。「中道を行く」それこそが人と調和し平和につながることではないか? その思いを初めて語ったのがここサールナートで、聴衆は5人の弟子と公園のシカたちだったという。すぐそばにディアパーク(シカ公園)があり、幼いころ訪れた奈良公園と重なり懐かしかった。  

 私の浅い知識の上、曲解をお許し願いたいが、ブッダの生き方に共感を覚える。最初から神や天才ではなくいわゆるえーとこの坊ちゃんが、ある日自我に目覚め周囲の迷惑顧みず仕事も家族も捨てて旅に出る。ところが世間の荒波は厳しすぎて挫折、そこでやっと「無理をせず協調して生きていこう」と社会での身のおき方のコツを得た…現代人に置き換えるとそんなストーリーが浮かんでくるのだ。

 それは今の私に2つの安心感を与えてくれる。まず、最初から芽が出ず平凡な毎日でもいつか何かのきっかけで運命が変わる瞬間があるかもしれない、ということ。そしてもし目標が達成できなくても、決して自分を追いつめないこと。意地を張らずあきらめることも大切。周囲は「あいつは挫折した」と笑うかもしれない。けれどばかにされてやめるのは勇気のいること、力みを捨てたその柔らかな心に新しい道が用意されているはず。

 日の出前、薄暗いガンジス川の岸辺におりて、聖なる水に足を浸した。人々はこの水を飲み、体を洗い、洗濯をし、祈りをささげ、少し離れた場所で火葬された人の灰または燃えきらなかったものまでを目の前で流す。ヒンズー教のおおらかさとみなぎるパワーに比べ、仏教はどこか迷いや痛みが心に響く。それがやがて日本人の心に留まり広がった意味がなんとなくわかる気がする。

(辛島美登里=シンガー・ソングライター)
鹿児島市出身の辛島さんのエッセー。隔週火曜日に掲載します。
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