「寿司屋に行きましょう!」。誘うマネジャーに、「す、すしって回らないお寿司?」と貧乏性な私。先日入った寿司屋がかなり優秀で、何しろ刺し身が大きい&安い。「だんな、今度来るときゃ酒代いれて1人6000円にしとくよ」と帰り際言われたそうで、「残すと叱(しか)られるから辛島さんなら大将に受けますよ」「そう、私大食いだからって、このぉ〜」(笑)。
「寿司勝」というその店は事務所から近い雑居ビルの1階で小さく営業していた。ビルの老朽化に伴い取り壊しを機に3月いっぱいで店を閉めるという。急いで予約したがすでに連日満席とのこと。人の情とは妙なもので、私も含め閉めるとなると名残惜しくなってドッと客が押し寄せる。やっと夜の予約がとれ、その数日前予習を兼ねてランチタイムに伺った。
無愛想な大将だ。にぎりを頼むと葉ランの上にずらーり大ネタのにぎりが並んだ。これで700円とは安いと思いつつ「あの、おしぼりを」「ランチにはおしぼりはつかない。そんなんじゃ損しちゃうんだよ」「そ、そうですよね…」。いきなりの先制パンチに負けじと、「ねぇご主人、お店おしまいなんですってね」「そう今月まで。もう予約いっぱいだからダメだ」「い、いや来週お邪魔するんです」「へぇ、あんただれだ?」。マネジャーが事務所の名前を告げると「そうかい、じゃあいっぱい食わすっからよ、残すんじゃないよ」。キレのある会話に、ますます夜が待ち遠しくなった。
予約当日、私とスタッフ3人は再び寿司勝を訪れた。カウンターはすでに満席で奥の座敷に通された。今まではカウンターにお客、座敷は荷物置きに使われていたが、閉店前の混雑で急きょ現役復活だ。「おかみさんお疲れさまでした」。花束を渡すと、「あら、まぁ!」とうれしそうに抱え、棚に飾った。ほかにもずっと大きな花束が置いてあり、大将の口の悪さをうまくフォローしてきた妻の器量を感じた。どかんと盛られた刺し身やキンキの煮物に舌鼓を打っていると、「おい、ちゃんと食ってるか? 全部食えよ。ウニは好きか?」「好き好き!」「じゃあ持ってきてやるわ」。それを聞いてたおかみさんが「あんた、明日のランチの分が」「いいんだよ!」。ウニ巻きを食べていると、クリーニング屋さんがやってきた。最後の仕事着を届けにきたのだ。「今までごひいきありがとうございました」。頭を下げる洗濯屋の姿に店の歴史が重なった。
大将は2年の見習修業の後ボクサーに転身、5年で見切りをつけ、寿司の世界に戻ってきたという変わり種だった。店を構えて30年、68歳。今後はかみさんの母親の面倒をみに山梨に帰ると言った。「名残惜しいでしょう?」おかみさんに尋ねたら、「うーん。でも、この人の握る姿がもう見られないのが一番寂しいね」と微笑(わら)った。
桜咲く新宿御苑、いいお店とご夫婦がまたひとつ、風に乗って去っていかれた。


















