ミスユニバースで日本女性が48年ぶりに世界一の座を射止めた快挙は、年金問題の泥沼現象に凹むわれわれの梅雨空をピョーンと突き抜けたニュースだった。平凡な感想だけど、中学の英語の教科書で見るアメリカの学生たちは私の半分の細さと倍の長さの脚を持っており、別の生物のように思えていたその遺伝子に見事肩を並べ頂点に立つようになったなんて、ほんとに「えらかどー!」と拍手を送りたいのである。
早速優勝した森理世さんの映像を見てみると…。んん、こういう顔って? ほんとに日本人? そう思ったのは私だけだろうか? 白い肌ではなくやや褐色系、シャドーの濃いアイメイク、ハリウッド女優のように喜びを大きく表現する姿に何か自分が予想していたものとは違う『ユニバース基準』を感じた。どうも私たちはミス○○に選ばれた人の基準を『顔』だけの造形で判断する傾向がある。エビちゃんのような瞳にたくさん☆のある『かわいさ美』から、吉永小百合さんのようにしっとり精神まで小百合色で染まっている『憂い美』まで、そのどれにも当てはまらない顔が森理世さんなのだ。アジアンビューティーとは世界レベルで見るエキゾチックな黒髪黒目から発した美意識で、中国やベトナムとか全部ひっくるめたアジア女性に対するイメージ。日本の和はもっと色調を抑えたしのびの美学ともいえる『わびさび』だから、そうか、森理世さんを『和風』にしたのではユニバース基準では競えないのかもしれないなぁと思ったりした。
けれど森さんの美しさはアジアンビューティーな顔だちだけではない、むしろ精神にこそミスワールドの資質を含んでいる。キーワードは『かっこよさ』。16歳でダンス留学し複数の外国語を流ちょうにこなし、ブロードウェイデビューの夢を持つ。「リハーサルの時から優勝した自分の姿をイメージして舞台を歩いていた」。そんなキリリとした強い発言は、和の観点では「あらら、もうちょっと含みのある表現で」なんてたしなめられそうだけど、現代の女性には共感できるはずだ。まっすぐ目標に向かい正直にその情熱を語る姿は、何よりも自分を最大限に生かそうとし、それはそのまま『今を大切に生きる』ことにつながっている。
鏡に映すまでもなくユニバース基準からは遠く外れた私の体型だけど、心の半分くらいは森さんの『かっこよさ』を学びたい。でも残りの半分は、今のままウジウジ時にはほっこりする『和』の心もとっておきたいと思うザ・ニホンジンな私なのだ。


















