'07/07/25 夕刊掲載
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初めて実家を離れ奈良で一人暮らしを始めた時、最初の訪問者は中年の男性だった。「NHKの受信料を…」。恐るべし(笑)。上京し、バイトしながら音楽の道を模索している時も小さな14型テレビのために受信料だけは払い続けてきた。仕事が軌道に乗り始め、21型テレビに買い換えたら「BS受信料を」と現れた。その話をしたらミュージシャン仲間に「あ、来たか。それ日曜午後の雨の日だったでしょう? 雨に濡れた年配の男性が玄関先に立っててさ、すると何とも情が移っちゃうんだよねー」。そうなのだ、偶然とはいえそういう絶妙のタイミングでNHKの集金のおじさんはやってきたのだ。銀行引き落としになってからはおじさんは現れなくなったけど、数年後テレビが故障しBS放送が見られなくなったまま10年近くBS代込みの料金を、手続き変更が面倒という理由だけで、そのまま払い続けていた私も相当なお人よし加入者だと思うが、でもそんな人結構いるのでは?
大人になったらNHKを見る時間が増える、と親から聞かされていたが確かにそうかもしれない。民放の喧騒(けんそう)を離れて、時々『手話ニュース』を見ている。私は手話はできないけれど、字幕が大きく、その日の本当に大切な出来事だけをゆっくりていねいな口調で聞いていると、効率よく情報が頭に入り心が落ち着く。『日曜美術館』も好きな番組のひとつで、一人の芸術家が貧困と酷評にあえぎながらも情熱を傾ける姿を作品を通して知ることができた夜は、「んー私も頑張っちゃおう!」と物を創(つく)るハシクレとして励まされる。
ニュースを通年変わらぬセットで背広にネクタイ姿で伝え、冷静に徹し決して笑わないアナウンサーのスタイルも安心感があって好きだ。民放の番組はCMスポンサーとの関係などいろんな条件もあり、だからこそまた違う視点で楽しめるが、台風や地震などの災害の時、有無もなく番組変更して速やかにニュースの時間を延長して情報を伝える画面に「そうそう、今大切なのはこれこれ」と、軽薄に他の話題に目移りしそうな私など、いや応なしに復興を願わずにはいられなくなる、それが大事なのだと思う。
そういう点において民放には少々荒削りな番組もあり、見ていてやるせなくなる時もある。それが単に予算だけの問題なら、払っているNHKの受信料の3割くらいは民放にも分けてはどうかと今思いついたのだが、ここまで読んでヨシヨシ、とうなずいていた関係者の方が「おいっ、何余計なこと言いだすんじゃ!」とイスからひっくり返っちゃったならゴメンナサイ(笑)。
大人になったらNHKを見る時間が増える、と親から聞かされていたが確かにそうかもしれない。民放の喧騒(けんそう)を離れて、時々『手話ニュース』を見ている。私は手話はできないけれど、字幕が大きく、その日の本当に大切な出来事だけをゆっくりていねいな口調で聞いていると、効率よく情報が頭に入り心が落ち着く。『日曜美術館』も好きな番組のひとつで、一人の芸術家が貧困と酷評にあえぎながらも情熱を傾ける姿を作品を通して知ることができた夜は、「んー私も頑張っちゃおう!」と物を創(つく)るハシクレとして励まされる。
ニュースを通年変わらぬセットで背広にネクタイ姿で伝え、冷静に徹し決して笑わないアナウンサーのスタイルも安心感があって好きだ。民放の番組はCMスポンサーとの関係などいろんな条件もあり、だからこそまた違う視点で楽しめるが、台風や地震などの災害の時、有無もなく番組変更して速やかにニュースの時間を延長して情報を伝える画面に「そうそう、今大切なのはこれこれ」と、軽薄に他の話題に目移りしそうな私など、いや応なしに復興を願わずにはいられなくなる、それが大事なのだと思う。
そういう点において民放には少々荒削りな番組もあり、見ていてやるせなくなる時もある。それが単に予算だけの問題なら、払っているNHKの受信料の3割くらいは民放にも分けてはどうかと今思いついたのだが、ここまで読んでヨシヨシ、とうなずいていた関係者の方が「おいっ、何余計なこと言いだすんじゃ!」とイスからひっくり返っちゃったならゴメンナサイ(笑)。
(辛島美登里=シンガー・ソングライター)


















