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'07/12/26 夕刊掲載 
美登里のオフタイム

〜  66  〜

卵色の魔法

初めてのバイキング体験は小学生の時。家族で霧島のホテルに泊まった翌朝会場を見渡すと、大皿がドンと並び、大勢の宿泊客が列になりそれぞれの皿におかずをよそい、手際のいい人悪い人、欲張る人、列の方向を全く無視して逆から向かってくる人、その騒々しさに驚いた。それまで朝食は、家族と静かにこぢんまり始めていたから、和も洋もまぜこぜの自分のトレーを見つめ不思議な気分になった。今でこそ質も量も豪華になり要領も覚えたが、当時のバイキングは到着の間が悪かったせいか、おかずは冷め残り物のように寂しく、子供心によい印象ではなかった。特に覚えているのは卵焼きがおいしくなかったことだ。

口に入れると、やわらかく甘すぎる黄色いかまぼこみたいな味に思わず、「卵焼きと違う」と私が言うと、「あぁこれ卵焼きの粉で機械で作っているね、本物じゃないね」と、また母が適当な発言をしたのだが、本当にホットケーキミックスのように卵焼きの粉なんてあるのだろうかと、今でも気になっている。それまで外ごはんは家のものよりおいしいもの、と決め込んでいた私はそれ以来、「よそで食べるすべての料理が家のよりおいしいわけではない」と思うようになった。

卵焼きほどシンプルで完ぺきなおかずはないと思う。すし屋に仕出す築地市場の卵焼き、京都老舗の出し巻き卵、有名シェフ直伝の黄身もトロリのオムレツなど、高価でおしゃれなものはたくさんあるけれど、やっぱり母の卵焼きに思いはたどり着く。砂糖多めで塩が少々の卵焼きは黄身の艶(つや)と焦げ目が食欲をそそる。形も整わず、素朴なものだがホッとする味。母が、というのではなく、卵焼きには身内の手作りが一番おいしく作れる魔法があるのだと思う。クラスの友達のお弁当の卵焼きと交換した時も、微妙に加減は違えど店のものにはない愛情が味覚に届いた。

小学2年の時、母がぎっくり腰で寝たきりになってしまい、ちょうど用事が重なった祖母の代わりに祖父がやってきて、一度だけお弁当を作ってくれたことがある。お昼にアルマイトのふたを開けると、黄色と緑色が半分ずつ湿気を帯びて並んでいた。卵焼きとピーマン炒めだけのおかずだったが、ちょうどいい塩加減で、(なんでおじいちゃんは私の家の味がわかるんだろう?)と普段何もしない人だっただけにちょっと尊敬した。その2年後祖父は他界したが、30年以上たっても、たった一度の祖父の手料理の味も形も忘れられないこれも、手作りの魔法なのかなと思う。

来年もお金では買えない、卵色の音楽をたくさん産み出せたら、と願う。

(辛島美登里=シンガー・ソングライター)

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