2008年最初の仕事は霧島の町を訪ねることから始まった。牧園高校と栗野工業高校が統廃合され、今春4月に開校される霧島高校の校歌の作詞作曲をお受けすることになり、作業にかかる前にまずはその場所と人に触れておかねばと思ったからだ。
鹿児島空港のバス停で初めて松薗校長先生と理科の森川先生にお目にかかり、車で20分ほどの高校へと向かった。「わーッきれい!」快晴の冬空に高千穂連山が水彩画のように美しく、つい観光気分に誘われる私を見抜いたか、「『嘉例川駅』に行ってみますか?」「ハイッ!」というわけで、明治36年に開業した駅舎へちょっと寄り道。104年の歴史は老朽化とは無縁の、年輪を重ねたものだけが宿す落ち着きとやさしさを備え、ホームに立つとひょいと高倉健さんが現れそうな映画の雰囲気が漂っていた。ふと見ればおや、壁に霧島高校の生徒募集のポスターが。「私が作ったんです…木になじむようレトロ調にデザインしたんですが」と森川先生は照れ笑いされるけど、本当はこれを見せたかったのかナ?(笑)。104歳の駅の待合室に、まだ生まれる前の高校のポスターが日だまりの中ほほえましく共存していた。
『きりしまおんせん駅』から坂道を上った牧園高校の敷地内に新しい学校はあり、渡り廊下から「やぁ〜、こん度はありがとうございます♪」と元気に現れたのは、多忙の中時間を作ってこられた前田終止霧島市長さんだった。「霧島市はですな、県第2の広さの市で、ここ霧島は神の町なんです。生徒と共にここの自然と産業がもっと豊かになるよう、ぜひいい曲を作ってくださいねワッハッハ、お、こんな時間じゃ」と約1時間熱弁をふるい、関係者の方々と次の場所へ向かわれた。
緊張が少しほどけた部屋で山下教頭は「既存の校歌に縛られず、辛島さんの思う子供たちへのメッセージを歌にしてください」とおっしゃった。「過疎化が進み、町も学校も個性を持って伸びていきたいと、まっさらな気持ちで学校をつくっています」と松薗校長は校舎を案内しつつ、隣接する牧園高校の校長先生を紹介された。2年後は生徒のいなくなる現状を大きく受けとめつつも複雑な心境は否めないだろうに、私が車で去る際、寒い中校門まで出て笑顔で見送ってくださった誠実さに頭が下がった。
それぞれの思いはすべて、未来への子供たちへの愛へと託されている。私がもしここに入学したら…、そんなまっさらな気持ちで歌を作ってみようと思った。


















