十数年ぶりにNHK大河ドラマを見ているのは他でもない、『篤姫』のおかげ。日本史に疎い私が録画しても欠かさない訳は、そこに登場する鹿児島の人物の魅力に他ならない。第7話『父の涙』は、これからも受信料を払い続けてもいいかな、という気分にさえさせてくれた(笑)。
この回は、分家の今和泉の長女於一(後の篤姫)を、本家島津斉彬の養女として送り出すにあたっての、於一の周辺人物の心模様を描いたものだった。
本家に養女に出すことが当時、どれほど畏(おそ)れ多き事だったかは、於一の乳母の菊本の自害によって表されている。身分の低い出の菊本の存在が、本家へ入る於一の汚点にならぬよう、自分の存在をこの世から抹消してまでも於一の将来を守ろうとする愛は、あまりにも壮絶で切ない最期だった。
於一の父親扮(ふん)する長塚京三さんも良い。名誉とはいえ殿様の養女ともなれば、これまでの屈託なき娘との親子関係は失われ、手の届かぬ大きく遠い存在になってしまう寂しさがこみ上げる。輿(こし)入れ前夜にせめてもと娘は話そうとするが、いざとなると弱腰の父は狸(たぬき)寝入りして、結局父娘の会話はできぬまま、別れの朝を迎えてしまうのだ。
考えてみれば、私も父とは何一つ肝心な話はできなかった。帰省の1カ月前からカレンダーをめくっては「いつ帰ってくるのか、まだか?」と母にしつこく聞いてた割に、食後はすぐ席を立ち、団らんもあまりないまま、上京の朝、玄関口にぬっと現れ「体を大切にしなさい」とやっと言い、私の荷物を持ち、黙ってマンションのエレベーターを一緒に降りて見送る人だった。テレビに出るという時も、茶の間でじっとしておらず、急に違う部屋で新聞を広げたり、ふすまを開けたり閉めたり、やっと座らせるころには出番は半分終わってた、そんなことが多かったという。
1度だけ東京に父が電話してきた。あまりに珍しく驚いていると、何ともバツの悪そうな声で、「ママが話したいそうだ」とすぐ母に代わった。「あなたが東京に戻ったら寂しくなって、ママね、涙が出てしまったのよ。そしたらパパが『美登里に電話せんね』って言ってくれた…」。まだ県外の通話料金が高くて、ビクビクしながら大切に電話を使っていた時代の話だ。
於一を見送りがらんとした屋敷の庭で、父が声を殺して泣くのをこらえるシーンがある。彼女を育(はぐく)んだ人々は誰一人としてでしゃばらず涙を呑(の)んで、行く先の幸運だけを願い、静かに送り出した。鹿児島人らしい不器用な愛情表現。うちとおんなじだ〜、と懐かしくてもらい泣きしてしまった。


















