桜の季節、私は2つの場所で歌う機会にめぐまれた。ひとつは4月8日、校歌を作らせていただいたご縁で、霧島高校の入学式に参列した折。体育館前に並ぶ新入生たちの黒い制服に、春空を舞う桜の花びらがくっきり、そのコントラストが美しかった。
「学校をつくるのは大変なことなんです。莫大(ばくだい)な資金を投資し、夢を託し、動き出したら途中でやめるわけにはいかんのです…」。前田霧島市長が感慨深げに、入場する生徒たちに目を細める。
だが当の新入生たちは、TVカメラや物々しい雰囲気とたくさんの祝辞に疲れたか、担任に名前を呼ばれても声に力がない。というか、返事の仕方がわからないようにも、緊張しているようにも、無関心のようにも見える。ねぇ元気だしてよ…と不安になったその時、「声が小さかど!しっかい返事をせんかぁ!」。喝を入れたのは校長でも担任でもなく、これまた私の隣の前田市長だった。そうだそうだ、よく言った!と私も賛同(心の中で)。最近こんなふうにガツンと叱(しか)る大人がいない。私も大人らしく振る舞おうと意を新たにピアノの前に立った。
「1番は男子生徒、2番は女子、3番は先生や町の人を想(おも)って作りました」。おもむろに生徒たちがポケットから歌詞カードを取り出し読み始める。その素直さに思わず嬉(うれ)しくなって、「じゃあ、みんなで練習しましょう、保護者のみなさんもどうぞご一緒に」「エ〜ッ(笑)」。すかさず「ラーララ、はい♪」「ラーララ♪」…次第に声が大きくなる。生徒たちのご両親、教育委員会の来賓のオヤジ声(失礼)がかなり大きい、それに感動した。親だけではない、関係者全員が子供たちのために校歌を覚えようと歌い微笑(ほほえ)んでいる、こんな温かい入学式は初めてだった。
校歌の合唱後はミニライブ。知覧町をモチーフにした『菜種時雨(なたねしぐれ)』を弾き語りしながら、私は10日前の出来事を重ねていた。
10日前、同じ歌を私は岐阜の女子刑務所で歌っていた。「故郷の鹿児島の春を唄(うた)ったものです」…講堂に集まる600人以上の受刑者は歌を聞きながら自分の犯した罪や会いたい人を懐かしみ、涙を流していた。同じ桜の季節、希望に羽ばたく人間と、重たい過去を償う人間がいる。天と地ほど違う場所で同じ歌を歌う、そんな矛盾とも言える私の行為を支えるのは『愛』しかない。「刑を終えたら私のライブに来て、握手会でこの町の名前をささやいてね。そしたら刑務所で会った人だとわかるでしょ、その日を私ずっと待ってます…」。そう、泣かずに約束した。
校歌には「みんなあなたを愛しているよ」という気持ちをこめた。それが届けばきっと子供たちの未来は拓(ひら)けると信じる。


















