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動画歳時記 Indexへ■ パリ「薩摩焼パリ展」 同行取材 2007/11/20-22
11月20日からパリの国立陶磁器美術館(セーブル美術館)で「薩摩焼パリ伝統美展」(鹿児島県、南日本新聞社など主催)が開幕。同展実行委員会関係者および一般参加のツアーに同行し、フランスで動画取材を行った。
伝統美展は、第2回パリ万博(1867年)に薩摩焼が初出品されてから140年を記念し、2008年2月18日まで開催。17−19世紀に作られた国内の名品121点、ヨーロッパにある薩摩焼25点と、当時の「ジャポニスム」の影響を受けた欧州の陶磁器約40点も並べ、薩摩焼の伝統と多様な美をアピール。また、伝統美展と並行し、パリ日本文化会館では「現代薩摩の陶芸パリ展」(21日−12月15日)を開催。伝統窯や創作作家の作品などを展示した。
◆ フランス パリ
パリ万博が開かれた1867(慶応3)年は、翌年明治に改元されるまさに幕末。薩摩藩は幕府に対抗すべく、「薩摩琉球国太守政府」を名乗り、薩摩焼をはじめ漆器、絹織物、竹細工など400箱ほどを海路運び出品した。パリといえばおなじみの名所エッフェル塔の周辺は、140年前にパリ万博が行われたゆかりの地。
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凱旋(がいせん)門からルーブル美術館へと向かう、パリの目抜き通りシャンゼリゼ。そのすぐ近くに、薩摩藩英国留学生でのち欧州3カ国の全権公使を務めた鮫島尚信が初めて日本公使館として使用した建物がある。マルソー街75番地の建物は凱旋門の目と鼻の先、往時のままに残り鮫島の活躍した時代をしのばせる。
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「薩摩焼パリ伝統美展」オープニング風景。国立陶磁器美術館のアントワネット・アレ館長が「薩摩焼はジャポニスムの流れに大きな影響を与えた。種類の豊富さ、技術や装飾のすばらしさに見る人は感嘆するだろう」とあいさつ。大島紬を羽織った鹿児島の関係者らとテープカットを行った。
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初日から日仏両国の美術ファンら約500人が訪れ、土と炎の芸術を堪能した。鹿児島大学の原口泉教授に歴史的な背景などインタビュー。パリの地下鉄(メトロ)にもポスターがはられていた。
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オペラ座(右)の横にたつ「グラントテル」(創建当時、現在はインターコンチネンタル・パリ・ル・グラン)は、ナポレオン3世の治世に建てられ、パリ万博の際には幕府代表の徳川昭武一行や、薩摩藩使節の岩下方平らも泊まったという。パリの夜景を楽しみながら、「現代薩摩の陶芸パリ展」が開幕したパリ日本文化会館へ。
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パリ・モンパルナス墓地にある鮫島尚信の墓。一度日本に帰ったが、再び駐仏公使に任ぜられた鮫島は激務がたたり、1880年パリで倒れ、35歳の若さで亡くなったのである。
<静止画>
























