テロやゲリラなど多様な事態に機動的に対処し、国際平和協力活動への取り組みを強化する陸上自衛隊中央即応集団。司令部を朝霞駐屯地に置き、今年3月末に発足した。後方補給部について「部隊が行動する際に装備品や食料を提供するなど裏方的な仕事」と説明する。
肝付町前田出身。防衛医科大生のいとこの影響で鹿屋高から防衛大へ進学。幹部候補生学校を経て相馬原駐屯地(群馬県)に赴任し、御巣鷹山の日航機墜落事故で災害派遣された。「あまりの惨状に声も出なかった」
昨年の今ごろは、イラク南部サマワの陸自派遣部隊の撤収を支援する「後送業務隊」隊長として準備に奔走。6月末にクウェート入りし、派遣部隊の撤収完了後も活動を続けて帰国したのは9月だった。「最後の指揮官としてプレッシャーはあったが、任務を無事果たした達成感は大きく、自信になった」と振り返る。
親元を離れて27年。これまで北海道をはじめ転勤も多い。「自分の基本は鹿児島。故郷を誇りに仕事をしている」。妻晶子(しょうこ)さん(44)は高校の同級生。子供は大学、高校、小学生の三女。
鹿児島青年倶楽部(KYC)は首都圏の鹿児島県出身者らを中心に毎月1回、勉強会や懇親会を行う親睦(しんぼく)団体。20年近い歴史をもつという。
スローガンは米国の実業家で詩人のサミュエル・ウルマンの青春の詩。「青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」−。青年の志を持つ会員は約100人で、県外者も2−3割。年齢層は20代から50代と幅広く、会社員、起業家、大学関係者ら職種も多方面にわたる。
1年前、代表に就任した。「若い人に新しい発想でやってほしい」と前任者から頼まれた。早速、リーダーシップを発揮した。ホームページ(HP)の立ち上げもその一環だ。「いい講演を記録に残さないのはもったいないから」。ページ更新、会の案内、講師の選定とフル回転だが、「人の輪が広がり、感謝されるとうれしい」と苦にしない。
鹿児島市出身。鶴丸高から東大を経て、金融系雑誌「日経マネー」の記者として健筆をふるう。「とにかく人と会うのが好きなんです」