管理栄養士を目指す学生に公衆衛生学を教え、週1回は整形外科医として診察。栄養学や医学、体育学を分かりやすく説明した「健康の基礎知識」(環境出版社)、奈村信のペンネームで「井田滝益男の事件簿(1)」(アルマット社)などサスペンスを執筆する作家でもある。
霧島市出身。国分高から鹿児島大医学部に進学。卒業後は「東京へのあこがれがあり、自分を試したかった」と虎の門病院へ。「もう少し勉強しよう」と東京大医学部付属病院の文部技官に転身し、リウマチ研究で英国に留学した。
「広い世界を見たい」との思いが募り外務省へ。コートジボワール日本国大使館一等書記官兼医務官として赴任し、ニジェールやギニアなど西アフリカを担当した。帰国後は厚生労働省に移り、世界保健機関(WHO)の仕事でフィリピンに派遣された。環境省への出向を経て、静岡県環境衛生科学研究所長を最後に50歳で国家公務員を退職した。
母校鹿児島大で年1回の講義を受け持ち、関東国分会副会長を務める。「故郷の味が忘れられない」と百貨店などの鹿児島物産展、薩摩料理店に足を運ぶ。
技術系に特化した人材派遣・紹介業「TOTEC」は「派遣機能を持った民間ハローワーク」。派遣技術者ら約230人の従業員を束ねる社長はその傍ら、明治大学大学院で経営学を学ぶ努力家だ。
姶良町出身。加治木工業高を卒業後、大阪で電気技術者として4年間働いた。「電気工事会社を興したい」との思いが募り、勉強のために営業の世界に。物品販売などやったが、転機は30歳。転職した技術系人材派遣会社でメーカー相手の営業を担当した。「自分も技術屋だから水を得た魚のように頑張れた」。その後、3社の社長業も体験。業界20年以上の経験から「業界が統一されていない。技術者が適材適所で働く環境づくりに貢献したい」と4年前に東京で起業した。
技術者が企業を選ぶ時代だという。「天職が見つかるまで、給料をもらいながら何社でも挑戦して」。全国1000社とのパイプを生かして、新しい就職のかたちを提案する。昨年、「技術者のふるさと」という自分のブログを立ち上げた。「いざというときに頼れるよりどころになりたい」。そんな思いがこめられている。