梅宮アンナ、梨花ら有名モデルを多数輩出している女性ファッション雑誌「JJ」(光文社)。「読者モデルで出てみないか」と、知り合いを通じて声がかかったのは2年前だった。デビュー企画は「女医の卵」。医学部や歯学部に在籍する学生のおしゃれや美容などの日常を紹介する人気コーナーだったという。
流行をつくり出す華やかな世界。多才な業界人との仕事は知的好奇心を刺激させられる。「自分のアイデアもうまく取り入れてくれ、コミュニケーションが楽しい」。イベントでは一流モデルと間近に接することもあり、「美しく見せる方法、現場を明るくさせるモチベーションなどプラスのオーラがすごい」とプロ意識に敬意を払う。対して自分自身が心掛けていることは「自然体です」。
鹿児島市出身。鶴丸高を卒業し、現在は日本歯科大5年生。一人前の歯科医を目指して勉学に励む毎日で、合間のモデルは自分磨きのためだ。夢は開業医の父、医師を目指す妹らと一緒に仕事をすること。「家族、そして風土や情がアツい鹿児島が大好きだから」。大きな瞳が輝いた。
東京都福祉保健局で救急車の運転手兼助手を務める。救急救命士の資格を持つ元東京消防庁救急隊長。「経験を生かして安心と安全、尊い命を救うための情報を発信したい」とブログ=http://blog.canpan.info/er119=を立ち上げ、学校などで講演をこなす。
鹿児島市出身。原良小、城西中、鹿児島商業高から東京消防庁に1971年入庁した。消防士、消防車や救急車の運転手として活躍するうちに「自分で命を助けたい」との思いに駆られ、79年から救急隊員に。隊長を10年以上務めて95年3月、42歳で退職した。
24時間待機で生死と隣り合わせの過酷な勤務。「精神、肉体とも疲れ果てていた」と振り返る。看護師の妻睦子さん(47)ら一家4人で96年に帰郷。自営業などを経て2004年夏、東京に戻ってきた。「ここまで回復できたのは妻の支えが大きかった」と感謝する。
「心の救急ケア」がモットー。「遺族は『自分が救えなかった』と責めることは多いが、死亡時に愛着ある毛布を掛けてあげるだけでも立派」と訴える。