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 日本プロボクシング界屈指のトレーナーといえば、ハワイ生まれのエディ・タウンゼント氏だろう。1962年に来日し世界王者6人を育てた名伯楽である。

 東京で初めてジムを訪れた逸話がこの人らしい。リングそばに置かれた数本の竹刀に気付く。「この竹刀を片付けてよ。ボク、ハートで教えるの」。しごきに使っていると察し、一掃させた。

 心をつかむのがうまかった。「お前は強い」とその気にさせて特長を引き出す。選手が勝てばさっと姿を消すが、負けた時はいつまでもそばに付き添う。山本茂著の「エディ」(PHP研究所)にある。

 孤独で冷徹な世界を生きるボクサーには心が通い合う指導者の存在が欠かせない。世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級タイトルマッチで世界初挑戦する鹿児島市出身の村中優(すぐる)選手は、中学時代に出会った恩師が支えと聞く。

 学校では教師の手に負えない少年だった。それがボクシング教室で教えを受けると天性の素質や心根の素直さが花開く。2度の計量失敗という試練から再起した31歳は13日、英国で89歳の恩師に雄姿を披露する。

 末期がんのエディは88年、井岡弘樹選手の世界初防衛戦に出向く。容体が急変し病院でまな弟子の勝利を聞くとVサインして逝った。「ハッピーになりなさい」。恩師の名を刺しゅうしたトランクスで挑む村中選手にエディの言葉を贈ろう。