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 クスノキの新緑が美しい。葉をもむと、芳香がほんのり漂ってくる。防虫・防腐効果に優れ、木片から抽出される樟脳(しょうのう)はかつて家庭の常備品だった。たんすの中に置いたことのある人なら、香りとともに在りし日の記憶がよみがえるだろう。

 ヨーロッパでも昔、重宝された。「江戸時代 人づくり風土記」(農山漁村文化協会)に、鎖国下のオランダ貿易で金銀に次いで2番目に多い輸出品だった、とある。薩摩藩がほとんど生産していた。クスノキが県木に指定されるのも合点がいく。

 樟脳は強心剤や鎮痛剤の原料としても使用された。医薬分野で「カンフル」と呼ぶと聞けばピンとくる。今は蘇生の注射薬よりも、事態打開に向けた効果的手段を指す比喩表現の方がなじみ深い。

 そのカンフル剤を安倍晋三首相が使ったということだろうか。先週の憲法改正発言である。9条に自衛隊の存在を明記し、2020年施行を目指すという。

 行政府の長が改憲の項目や時期を具体的に挙げたことは驚きだ。あまりに唐突で、議論を積み上げてきた国会軽視との批判は免れない。首相には憲法を擁護する義務が定められていることを忘れてもらっては困る。

 樟脳は無色半透明の結晶である。時間がたてば減っていく。直接気体に変わるためだ。憲法論議は首相がリードしなければ消えてなくなる代物でもあるまい。何を焦っているのだろうか。