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 無人島に何か持っていくとしたら、何を持っていきますか。こんな質問に「(将棋界の第一人者である)羽生善治さん」と答えたという。引退が決まった最高齢棋士の加藤一二三・九段である。

 どこまでも将棋が好きなのだろう。最近テレビで見掛ける「ひふみん」の人柄を知り、この珍回答を少し納得できるようになった。中学生だった14歳でプロ入りし、77歳まで将棋一筋の人生だ。

 「神武以来の天才」と呼ばれ、名人など数々のタイトルを獲得した。ライバルが次々と引退し、棋士としてのピークを過ぎても闘志は衰えなかった。勝てば最高齢の勝利記録、負けて引退という対局で締めくくったのもこの人らしい。

 伝説の棋士の引退から一夜明けて、中学生棋士の藤井聡太四段が歴代最多の28連勝に並んだ。デビュー戦の相手を務めたのが加藤さんだ。因縁を感じる。

 トップ棋士が立て続けにコンピューターソフトに敗れる時代である。成長する人工知能と人間はどちらが強いかという問いの結論は出たのかもしれない。それでも将棋の神様に選ばれた天才が知力を振り絞る戦いの物語は、人々を魅了する。

 去る77歳と挑む14歳は、1000年を超える将棋の歴史で半年間だけ交わった。加藤さんが63年で重ねた勝ちは1324、負けは1180。勝って喜び、負けて涙するから人は面白い。藤井四段はどんな物語を紡いでくれるだろう。