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 人生は幾つもの偶然に導かれている―。鹿児島実業高校サッカー部の監督だった松澤隆司さんが生前、本紙のインタビューに語った言葉が忘れられない。

 かつて全国高校選手権に鹿児島商業高校の選手として出場した。だが「不完全燃焼」のまま終わった。卒業後就職したが長続きしない。今度は大学進学を目指すも不合格。専門学校に進んだことが、のちに鹿実高の教諭採用につながったという。

 前任の指導者に代わって面倒を見るようになったのがサッカー部だった。進学や就職が思い通りにいかず、くすぶっていただけに、やっと燃焼できるものに出合った。

 しかし、サッカーの神様も甘くない。指導法を学んだこともなく、練習メニューの引き出しも少なかった。とにかく走り勝つための練習を生徒たちに強いた。全国高校選手権の切符を初めて手にしたときは、指導開始から14年がたっていた。

 東京での指導者研修に出掛けたり、寄贈してもらったマイクロバスを運転して全国の強豪校行脚を繰り返したり。運気を呼び込もうと、名前を「隆」から「隆司」にも変えた。3度の全国制覇などその後の活躍は目を見張る。

 城彰二、前園真聖、遠藤保仁ら多くの名選手を輩出した手腕は「名伯楽」の名にふさわしい。病気を抱えつつ戦い抜いた76年の人生。それは激しく守り猛然と攻める「疾風怒濤(どとう)」の鹿実スタイルの証しである。