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 北海道にサッポロビールの前身となるビール醸造所を設立したのは、薩摩藩英国留学生で加治木島津家ゆかりの村橋久成である。開拓使として産業振興に尽力した。

 気骨と情熱にあふれる人だったらしい。政府が醸造所の建設を東京に決めたことに反対し、上層部を説得して札幌に変更させた。村橋が製糸業のためにつくらせた桑園跡地にある知事公館の庭には、胸像が建つ。

 今の時代も薩摩隼人として北の大地に根を張り、足跡を記した男がいる。プロ野球日本ハムの飯山裕志(ゆうじ)内野手(いちき串木野市出身)だ。れいめい高校からドラフト4位で入団し、日本ハム一筋に20年歩んだ。

 堅実な守備でチームを支えてきた。その原点を高校1年夏の鹿児島大会に見ることができる。守備で悪送球し、敗戦の流れをつくってしまった。悔しくて、練習の虫になった。恩師は「後輩、先輩の手本だった」と語る。

 プロ入り後も真面目な姿勢が揺らぐことはなかった。910試合に出て本塁打わずか1本の通算成績は、裏返せば信頼の厚い守備職人の証しといえよう。38歳で今季限りの現役引退を表明した。

 試合の登場曲に長渕剛さんの「勇次」を使い、ファンに親しまれた。「本当に下手くそで非力で不器用な選手を応援してもらった」。感謝する姿に謙虚な人柄がにじむ。北海道で道を切り開いた郷土の後輩を村橋もたたえていることだろう。