[「共謀罪」法成立] 数の力の暴挙に政権のおごり極まる
( 6/16 付 )

 熟議を軽視し、なりふり構わずに数の力に物を言わせた「1強」政権の暴挙である。

 「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が参院本会議で可決、成立した。

 与党が用いたのは、参院法務委員会の法案審議を打ち切って「中間報告」を求め、本会議で採決する異例の手続きだ。

 委員会採決の後で本会議にはかる「委員会中心主義」は、法案の慎重な審議を重視する立法府の根幹である。手順を省く乱暴な手法に、野党が「憲政史上に汚点を残す」と猛反発するのは当然だ。

 しかも、「監視社会や捜査権乱用につながる」「内心の自由を侵される」といった国民の懸念が噴出していた法案だ。基本的人権に直結する重要な内容にもかかわらず、安倍政権は加計学園を巡る野党の追及から逃れるため、国会を閉じることを優先した。

 国民を代表する立法府と向き合おうとしない姿勢は、極めて不誠実というほかない。政権のおごり体質を見る思いだ。

 参院の運営も問題だ。「良識の府」として衆院に行き過ぎがあれば歯止めをかけることが、参院に期待される役割である。与党が過半数を占めるとはいえ、安倍政権が望む早期幕引きに手を貸したのは情けない。

■法の根幹に疑問残る

 成立した改正法は、犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」を新設して、捜査機関の権限を大幅に拡大する内容である。

 政府はテロ対策を名目に、過去3回廃案になった共謀罪法案とは別物であることを強調した。ところが、審議が進むにつれて説明は二転三転した。

 処罰対象の「組織的犯罪集団」について、政府は当初「一般人は対象にならない」としていた。

 しかし、金田勝年法相は一般の団体でも性質が一変した場合に処罰対象になる可能性を示した。犯罪集団の「周辺者」が処罰される可能性にまで言及した。

 政府は、「一般人」を巡って「通常の社会生活を行っており、組織的犯罪集団とかかわりのない人」と説明する。だが、線引きはあいまいだ。しかもその判断は捜査機関に委ねられる。

 捜査対象が際限なく広がるのではないか。国民が抱く不安を払拭(ふっしょく)する説明は、ついに聞くことができなかった。

 金田法相の答弁は質問とかみ合わず、法案の中身を理解しているとは思えない場面も目立った。所管大臣がまともに説明できないこと自体、異常というほかない。

 適用犯罪を277としたことも、根拠はあいまいだ。保安林でキノコを採る森林法違反や、墓を荒らす墳墓発掘死体損壊罪なども含まれる。組織犯罪とどう結びつくのか疑問だ。

 政府は法整備の目的として「テロ対策」を掲げる。

 組織的犯罪集団の構成員2人以上で犯罪を計画し、うち少なくとも1人が現場の下見や資金調達などの「準備行為」をすれば計画に合意した全員が処罰される。

 野党側は現行法の予備罪などで対応できると主張した。犯罪が実行されて初めて罰することを原則とする刑法体系の転換にもかかわらず、政府の説明にはほころびが際立った。

 法整備のもう一つの柱は、東京五輪・パラリンピックに向けて国際組織犯罪防止(TOC)条約を締結することだという。

 だが、条約はイタリアのシチリア島で調印されたことに象徴されるようにマフィア対策である。組織的な経済犯罪の摘発が狙いだ。

 締結に改正法は必要ないという専門家は多い。条約の「立法ガイド」の執筆者も「条約はテロ対策が目的ではない」と明言した。政府の説明は信ぴょう性に欠ける。

■恣意的な運用を懸念

 法は誰が何をすれば罪に問われるのか分かりにくい。政府が意図的にそうしたとも考えられる。できるだけ幅広く網をかけ、捜査対象を広げる狙いが透ける。

 反原発や反基地などの市民運動にも矛先が向くのではないか。

 昨年、沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設の抗議活動をしていた県民が公務執行妨害罪などに問われ、拘束期間は5カ月間にも及んだ。市民グループは、「共謀罪」成立で警察の強引さが加速する恐れを指摘する。

 米国家安全保障局(NSA)による大量監視を内部告発した米中央情報局(CIA)元職員エドワード・スノーデン氏は、あらゆる通信情報をスパイできるシステムを日本に供与したと証言した。

 対象犯罪が拡大した通信傍受など強力な武器を持つ捜査手法と、「共謀罪」が組み合わされば、警察の活動範囲は飛躍的に広がる。内心にまで踏み込んで権力を恣意(しい)的に運用する人権侵害は、自分と関係のない「犯罪者」だけに起こり得る話ではない。

 世界各地でテロが頻発する中、治安強化の必要性を認めないわけではない。だからといって、これに乗じた不当な人権侵害は到底容認できない。

 「共謀罪」成立で、日本は監視社会に大きく一歩踏み出した。国民一人一人が、法の恣意的運用や捜査権限の膨張に厳しい目を向け続けなければならない。