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07/01/31 本紙掲載
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チーム支える

重ねた努力、信頼厚く

熊 毛 木原 雪夫さん(47)

「体調はどうだ」。選手との対話を大切にする木原雪夫さん=西之表市西之表

1月下旬、西之表市営グラウンド。マネジャーの木原さんが、最終合宿の10キロロードを控え、柔軟運動に余念がない選手の間を歩き、声をかける。「みそ汁食ってるか? まずは体からだぞ」。スタート地点では選手らに「5分前」とさけび、準備に奔走。そして、号砲を鳴らすとワゴン車に乗り込み、運転手に早変わり。「選手が実力を発揮できるように」という一心で労を惜しまない。
 駅伝選手としては“無名”と言っていいだろう。県下一周の出場は1回のみ。ただ「努力の人」「地元の陸上を支えてきた人」と周囲の信頼は厚い。
 西之表市現和出身。小中高と野球一筋で歩んできた。種子島実高では3番遊撃手でキャプテン。夏の大会は4回戦まで進んだ。冬場に走り込みを続けるうちに脚力がついてきた。地元の駅伝大会にかり出されたが、野球の方がずっと楽しかった。
 高校卒業後に県土地改良事業団体連合会に入り県内を転々、地元に戻って県下一周を目指した。「5歳上の兄が県下一周の選手で、一度は出てみたかった」。当時24歳。練習を重ねて挑戦したが3年連続落選した。毎年「もういいや」と思ったがあきらめきれず走り続けた。「距離は踏めるがスピードがない走り。我流だった」と振り返る。そこで当時のエース、現在の川原誠監督(52)について走り、練習方法を学んだ。
 4度目の挑戦でつかんだ初出場。「緊張して全然だめ。力を出せなかった」結果は3回走って区間11、11、10位。翌年に引退、それ以降は西之表市陸協役員、体育指導員として地元のスポーツを底辺から支えてきた。その中で、自分と同じような社会人選手を支援する気持ちは人一倍強い。
 昨年、川原監督から「私もやるから一緒にやろう」と誘われ、20年ぶりにチームに加わった。学生が多いだけに健康管理に気を遣う。「監督にはどしっとしてもらいたい」から、しかり役も引き受ける。「できる選手だから厳しく言っている。力を出し切ってほしい」。最下位脱出の至上命題へ、若いチームの中で苦労を重ねてきたマネジャーの存在が大きくなっている。

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