職場への感謝胸に疾走
鹿児島 柿内 裕也さん(33)
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| 3児の父でもある。「坂の手前で笑顔が見えると、元気が出る」=鹿児島市の県立鴨池公園 |
高校、大学生が多く、平均年齢21歳強の鹿児島チームの最年長選手だ。「みんなが嫌がる区間でも黙々と走る」「チームで一番まじめな人」−。派手さはないが、堅実な走りで仲間に範を示してきた。
姶良町出身。帖佐小時代、運動会の長距離走でビリに終わったのが悔しくて、放課後に走り始めた。おかげで冬の持久走大会は上位に入り、走る楽しさに目覚めたという。5歳下の弟は生後10カ月のころ事故で寝たきりの体に。「弟の分まで走って」。母の言葉も、陸上を続ける支えとなった。そのころから県下一周が走る目標の1つになった。
鹿児島実高、宮崎産業経営大時代に何度か選手候補に入ったものの、出走はかなわなかった。城山観光に就職して1年目の第44回大会でようやく21人枠に入り、第2日のアンカーを務めた。前の晩は興奮で眠れなかったというが、区間3位で「うれしいデビュー」を飾った。
第47回大会では総合優勝も経験。だが2002年秋から都城、2年後には伊集院へと転勤が続き、一時駅伝には距離を置いた。だが「沿道で応援しているうちに、走りたくなってしまって」再び闘志に火がつき、昨年チームに復帰。遅い日は深夜まで勤務があるなか、空き時間に走り込みを続ける。「この大会のために1年がある。鹿児島に生まれてよかったと思う」
駅伝準備が本格化する1月からは、仕事の一部を他の人に代わってもらっている。競技と職場のバランスに心を砕くのは社会人選手の常。「みんながスポーツに興味があるわけではない。(大会で)当人が抜けて快く思っていない人は必ずいる」。だから後輩には、学校や会社に感謝し、結果を出す努力を続けるようアドバイスを送る。
坂が得意な柿内さんにとって、特に思い入れのある区間がある。3日目6区、2つの峠が待ちかまえるコースだ。これまで出た8大会で7回挑み、最高は区間2位。「いつか区間賞がとれたら。上りでは負けたくないですね」。静かな口調のなかに、強い意気込みをにじませた。


