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08/02/01 本紙掲載
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チーム支える

経験を基に助言やケア

鹿児島 坂元 義治さん(31)

選手の足をケアする坂元義治さん。「もっともっと勉強してチームに貢献したい」

「調子はどう?」「悪いとこはない?」。1月末の最終合宿。練習を終えた選手たちの様子を見渡し、声をかけて回る。疲れが取れない、足に違和感がある…。それぞれの悩みに応じ、体のケア方法のアドバイスやマッサージを施す。大勢をマッサージして手を痛め、眠れなかったこともあるが「お願いしますといわれるとうれしい。気を許した人じゃないと体は託せないから」と屈託がない。
 普段は鹿児島市で健康用品店の店長を務める。仕事で培った知識を生かして第53回大会からチームを陰ながら支え、今大会からスタッフに加わった。元実業団選手でもあり、試合に向けた調整方法や精神面の助言も選手たちに好評。「チャンスをくれた中島(利則)監督に本当に感謝している。選手が少しでも良い状態で、リラックスしてスタートラインに立てる環境をつくることが、期待に応えること」とはりきる。
 宮崎県出身。3000メートル障害を専門に競技に打ち込んだ宮崎東高時代の実績をかわれ、城山観光陸上部に迎えられた。当時、県下一周駅伝でも主力として活躍。鹿児島が6年ぶりの頂点に立った2000年の第47回大会では、1、3日目のエース級がそろう1区で区間賞に輝いた。同年の陸上部休部を機に、さらに上のレベルを目指して旧杵築東芝(大分)へ移籍。あこがれのニューイヤー駅伝も出走した。だが、競技生活は長くは続かなかった。
 座骨神経痛の悪化でマラソン転向の夢もかなわず、約2年で現役を退いた。「体のケアといえば、痛くなったら治療に行くだけだった。自分の体験を通じて毎日のケアの大切さに気づいた。だから、選手にはハードな練習の分だけ、体のケアに時間を割くことを何よりも言います」。
 引退後は迷わず鹿児島に戻った。「鹿児島が好きだし、県下一周駅伝で市民ランナーとして走りたかった」からだ。現役時代に比べ体重は約20キロ増えたが、まだその野望は捨てていない。「たすきをつなぐ楽しさが忘れられない」。胸中に秘める闘志が、再燃する日も近いかもしれない。

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