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08/02/06 本紙掲載
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チーム支える

恩師が頼る「まとめ役」

出 水 花田 伸行さん(34)

恩師の東村光弘監督と大会へ向けて調整法など話し合う花田伸行さん(左)

駅伝選手として一線から退く決意は2006年7月の北薩豪雨災害がきっかけになった。同年の53回大会まで16回連続出場。高校を卒業し阿久根市役所に就職後も欠かさず続けていた毎夕1時間半の練習が、豪雨を機に途絶えたのだ。
 都市建設課の河川担当。災害復旧に追われ、夜の10、11時に仕事の終わる日が続いた。前年に目標の15回出場を果たし、引き際を考えていた自分もいた。9月、東村光弘監督に「選手候補から外してほしい」と伝えた。54回大会からコーチとしてチームを見守る。
 駅伝との出合いは大川中3年の時。同中に赴任した東村監督に「県の中学駅伝大会に出よう」と誘われた。「走った後、一緒に川遊びしたりして、やる気を引き出すのがうまかった」。剣道少年は以降、長距離選手の道を進むことになる。
 阿久根農高2年で県下一周駅伝に初出場。「強い人に勝ちたい」という思いが毎日の練習を支え、めきめき頭角をあらわす。九州一周駅伝にも県選抜として3回出場。県内のトップランナーに成長する。
 「個々の力も大切だが駅伝で必要なのはチームワーク」。それを実感したのが49回大会だった。主将としてみんなと一緒に練習を組み立てるなどチームづくりに気を配った。結果は前年の9位から2位へ大躍進。個々がかみ合ったとき生まれる爆発力に驚かされ、さらに駅伝にひかれた。
 思い出は妻加奈さん(33)と長女美咲ちゃん(4つ)の前で区間賞を取った51回大会。一方、エース区間での区間賞を狙って2秒差の2位に終わった49回大会の4日目7区が今も心残りだ。悔しさのリベンジは後輩に託す。そして、勇姿を見せられなかった二女美優ちゃん(1つ)には強い出水チームを見せたい。
 「まだ走れるのに残念だが、後進に経験を伝えられる大きな戦力」と東村監督の信頼は厚い。実力と気配りを備えたムードメーカーは、コーチに変わってもチームに欠かせないまとめ役。「先生との出会いがなければ今の自分はない」。恩師と一緒に、指導者としてチーム浮上を狙っている。

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