鹿児島市紫原2丁目の閑静な住宅街。十島村口之島出身の肥後シゲコさん(80)は昼間、1人で好きな裁縫や折り紙をして過ごしている。生まれ故郷の島から移り住んで5年目。同居する娘(56)たちは優しいが、都会暮らしに慣れず、茶飲み話をする友人もいない。
15歳のとき大阪の工場で数カ月働いた以外、島の外で暮らした経験はない。しかし2000年11月、夫に先立たれた後、持病の腰痛が悪化し、家事もままならなくなった。鹿児島市の病院に1年3カ月入院。「島の隣近所は同じ世代の年寄りばかりで、迷惑はかけられない。島では元気でなければ生きていけない」。子ども5人は島を出ており、移住を促す説得を受け入れた。
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| 故郷の十島村口之島を離れ、本土の娘宅に身を寄せた肥後シゲコさん(左)。家族に昔話をすることが増えている=鹿児島市紫原2丁目 |
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有人7島が連なる十島村には大きな病院や介護施設はない。「体調を崩した高齢者の多くが本土の病院に行ったまま帰ってこない。親にいい医療を受けさせたいという子の願いもある」と十島村の福満征一郎副村長は現状を語る。
口之島の住民は約130人。02年以降、亡くなった16人のうち島で最期を迎えたのはわずか1人。島の高齢化率は5割を超える。島自体が冠婚葬祭など集落機能の維持が難しい「限界集落」になった形だ。
七島灘を見晴らす島の共同墓地。雑木が茂り視界を遮っている。「高齢化で急斜面の下払いができる人が少なくなった」と自治会長の永田幸男さん(60)。墓まで20数段の急な階段が続く。かつては土葬が行われていたが、もはや棺(ひつぎ)を担ぐ人手もいない。「普段の墓参りもきつい」という声が上がり、墓地を平地に移す話が進んでいる。
十島村の07年度当初予算は約27億円で、自主財源は1割未満。三位一体改革の影響で頼みの地方交付税も03年度から3年間で3億円減額された。新たな住民福祉には手が回らない。「住民に一番身近な行政として思うようなサービスができないのがもどかしい」と福満副村長。
肥後さんは週1、2回、送迎車で市内のデイケアに通っている。お金に代えられない豊かさが息づいていた島の生活が懐かしい。
「小さな田畑で食べるだけの米と野菜を作り、牛を飼った。合間に紬の機織りをして子どもを育て上げた。近所に困った人がいたら声を掛け、助け合って生きてきた」
島に残した自宅の家財道具はそのままだ。今年5月、長男家族と久しぶりに里帰りし、窓を開け放った。再び島を離れる日は涙があふれて止まらなかった。肥後さんは「最期は島でと思っていたが、かないそうもない。仕方がないけどつらいです」と語った。
過疎高齢化の波は本土との格差を象徴する「離島苦」に拍車をかけている。そしてささやかな老後の願いも奪っている。
























