2017/04/11 本紙掲載
偏見超えて
変化
生きる思い自ら発信
 「私は精神障害者です。でも精いっぱい生きています。困難を乗り越え堂々とした人生を歩んでいきたい」
 昨年10月の鹿児島市民文化ホール。壇上で鹿児島市の有村和浩さん(50)が力強く語ると、約600人が集まった会場から大きな拍手がわいた。「うれしくて、こみ上げるものがあった」と振り返る。
 精神障害者と家族らでつくる県精神保健福祉会連合会が主催した「友愛フェスティバル」。初めて大勢の前で障害の体験を話した。
精神障害を患った経験をする登壇者ら(左端が有村和浩さん)=鹿児島市民文化ホール
 元国家公務員。26歳のとき統合失調症を発症し、29歳で退職した。入院や療養を経て、47歳から鹿児島市の就労継続支援事業所で働く。野菜の袋詰めや公園清掃をし、「仕事をすると充実感がある」と胸を張った。
 有村さんら6人の障害者が体験発表した。全員が並んで座る机の前には、それぞれの名前が張り出された。発表の模様は、写真とともに南日本新聞社会面で紹介された。
 有村さんは「新聞に載って反響があった。親戚から『あなたは誇り』と言われ、事業所近くのラーメン店の人にも声をかけられた」という。
 連合会によると、障害者の体験発表は各福祉事業所などを通して参加者を募る。15年以上続くが、6人もの障害者が登壇し、全員実名を出してマスコミの撮影もOKというのは初めてだった。
 友愛フェスティバルは障害者や家族らの交流と社会参加の意欲向上が目的だ。体験発表のほか、事業所などで作った物品を販売したり歌や踊りを披露したりする。しかし匿名での発表や、撮影は禁止というケースが少なくなかった。
 背景には今も根強い社会的な偏見がある。
 昨年8月、南日本新聞が連合会の協力を得て行ったアンケートでは、精神障害者・家族約290人の50%が「精神障害への偏見差別を感じる」と答えた。
 連合会の小蓬原昭雄事務局長(65)は「知られたくない障害者、家族もいて友愛フェスティバルなどで取材を受けることに消極的だった。だが自分たちから出て行かないと何も変わらないという雰囲気になってきたのも事実」と指摘する。
 有村さんは「病気への劣等感もあり覚悟を決めて発表した。自分が話すことで偏見や差別が少しでもなくなればいい」と話した。昨年12月に体調を崩し2カ月入院したが、3月から事業所に復帰し元気に働いている。
 昨年、障害者の歴史にかかわることが二つあった。一つは、障害を理由とする不当な差別を禁じた障害者差別解消法が4月に施行されたことだ。
 7月には衝撃的な事件が起きた。相模原市の知的障害者施設で19人が殺害された。殺人罪などで起訴された元職員は「障害者なんていらない」と極めて差別的な供述を繰り返した。
 小蓬原事務局長は「精神障害者たちは犯人と同列視され、偏見差別が助長されることを恐れる。事件と無関係に生きる多くの精神障害者の日常にこそマスコミには目を向けてほしい」と訴える。