2017/05/05 本紙掲載
脱病院の国(イタリア)
公立全廃
障害者 街で共生 寄り添う意識 社会に
 精神障害者らが働くカフェに入った。イタリア北東部のトリエステ県・サンジョバンニ地区。 コーヒーの香りが漂う明るい店内は客でにぎわっていた。注文してしばらくすると配膳を担当する男性が近づいてきた。「ボナペティート(召し上がれ)」。笑顔でパスタの皿を差し出した。
精神科病院の作業療法室だった建物を改装したカフェ。地元住民らでにぎわっていた=イタリア・トリエステ
 カフェは社会協同組合が運営する。障害者や移民ら社会的弱者が労働者の3割以上を占める条件で、財政上の優遇措置を受ける。
 近くにある別の社会協同組合の作業所では、古い布をリサイクルし小物を作っていた。障害のある女性が黙々とミシンを動かす。ジーンズ生地のリュックサックや花柄のペンケースなど商品が所狭しと並ぶ。
 カフェや作業所を含む一帯は、かつて巨大な県立精神科病院だった。作業所が入る建物に記された「M」の文字は「M病棟」だった名残だ。複数の病棟に1200人もの患者が隔離収容されていたが、1980年に閉鎖された。
 今では公園や大学などに姿を変えた。カフェは病院の作業療法室を改装したものだ。
 県の精神保健行政を担う精神保健局でロベルト・メッツィーナ局長(63)は「この建物も以前は病棟だったんだ」と教えてくれた。
 イタリアは日本と同様に精神障害者を精神科病院に隔離収容していた時代があった。しかし70年代、状況は変わる。入院患者が増え続けた日本と対照的に、イタリアは入院患者を地域に移す改革に乗り出す。
 精神科病院の大半を占めた公立の精神科病院を次々に閉鎖し99年までに全廃したのだ。
 その代わり、外来診療を受けられる公立の精神保健センターを全国につくった。総合病院に精神科救急用のベッドを設置するようにした。
 精神病床は、総合病院と公的保険が利かない私立の入院施設のベッドを足しても2015年時点で1万床に届かない。10万床以上あったかつてとは比べようもない。
 障害者たちは街で生き生きと働く。社会的弱者を3割以上雇う社会協同組合は全国に3千を超える。職種はホテルやレストランのサービス業、農業、ビル管理と多岐にわたる。
 改革の発火点となったのがトリエステ県だ。精神保健センターと社会協同組合の前身もいち早くここで生まれた。精神病床は人口23万人でわずか30床。60万人の鹿児島市の約3400床と比べれば驚くほど少ない。
 メッツィーナ局長は「患者を退院させ病院をなくしていく中で治安悪化を危ぶむ声もあった。だが今そんなことを言う人はいない。財政的にも入院費より地域で支援するほうが安い」と胸を張る。
 1970年代に始まった改革を政治家として後押しした元トリエステ県知事のミケーレ・ザネッティさん(76)は「患者が外に出たことで、地域社会の中に、違いを認め合い、助けが必要な人に寄り添う意識が芽生えた」と強調した。