'07/06/15 本紙掲載
朝日委員 毎度のことだが、選挙の争点提起がジャーナリズム主導で行われる姿がみえない。政治戦線の力関係のみ関心が持たれているのか、記事の多くが下馬評のようで、選挙報道が戦況報道になっている。 まずは1票の重みの均等性など国民主権の立場から適切な選挙であるかの検証がほしい。この点で、車いすの身体障害者の女性が、昇降機のない建物2階の県議選投票所に行けず、投票を断念したとの記事は評価したい。しかし、市町村合併に伴う県議選選挙区の新区割りについて、県民の意思を代表するのにふさわしい区割りか、1票の重さに違いはないかといった報道がなかった。 次にメディアは選挙熱に侵されないで、有権者にとって冷静な判断基準となる政策選択の論点を吟味し提起すべきだ。 選挙後の記者対談で争点隠しを選挙戦略とした候補者の存在や、論争がされにくい現行の選挙制度の問題を提起したのは価値があるが、「争点がなかった」のは、メディアの争点提起能力の現状も示しているともいえる。 連載「かごしまの選択」は、改選後の県議会の課題を取り上げた形で、候補者を選ぶ指標を示しておらず選挙と距離が遠い印象だった。各候補者の主張や活動実績など比較検討できる工夫が必要だ。鹿児島オンブズマンによる政務調査費の意識調査に関する報道のようにデータに基づく是々非々が理性的な選挙を生む。 大嵩委員 平成の合併後初の統一地方選は、投票率が過去最低を更新するなど全然振るわなかった。これを「無関心層の増大が反映」などと書くのは、何ら説得力がない。なぜそうなったかの検証が必要だ。 私見だが、結果がふるわなかったのは選挙戦の素地の問題だろう。前県議会の構図は、議席の約8割の43人を自民が固めており、これで果たして政策論議ができるのか、誰が魅力を感じるかということ。ここらについては「自民王国かごしま」と題したコラム「考現鏡」に指摘してあったが、まさしく同感だ。だれが当選しても変わり映えしないとのシラケ鳥が飛んでいたのではないか。 多くの県民はメディアを通じて候補者を知ることになるが、特に新聞で候補者の顔が見えなかったとの印象が強い。県議選が地縁血縁選挙と呼ばれ、名前の連呼と握手で終わりがちなことへの寂しさに対し、新聞は顔を知らせる積極的な手助けをしなかった。連載「かごしまの選択」は、県が抱えるさまざまな課題を取り上げたが、残念ながら今回の候補者と結びつかない。1票を入れる足がかりが何一つ新聞から見いだせなかった。 選挙後に掲載された新県議の抱負は、意味がないとは言わないが、「選挙前に伝えるべき大事なものがあったでしょう」と申し上げたい。候補を選ぶ足がかりとなる情報をもっと掲載すべきだ。 山崎委員 統一地方選について、周囲に尋ねたが、投票しなかった若者は多く、「政治が分からない」「県議会や県議は知らない」との理由を挙げた。「選挙中も名前の連呼だけ。何をしたいか見えない」との声も聞く。報道はこういった基本的な部分にこたえる努力が大切だろう。 他方、1月の連載「県議会考」は、財政難や定数見直し、政務調査費など、いろんな問題が具体的に分かりやすく取り上げられていた。けれども、これを見ていくと、ますます県議会の意義が分からなくなる。 総与党化した議会で、県庁隣地購入問題などが論議し尽くされずに通ってしまう。「県議会が知事の提出議案を否決、修正したケースがない」あるいは「県当局を守るのが議員の使命と考える議員もいた」とも書かれていたが、そうなると、議会の役割そのものが疑問視されるわけで、ここらにもっと踏み込んでほしい。 (一般読者は)県議会が何なのかがまず見えない。加えて、各候補者が何をしようとしているのかが伝わらなければ、投票率が上がらないのは自明だ。当選後の活動も報告してほしい。選挙前に指摘した問題点のその後の対応も知りたいところである。参院選を控え、身近な年金問題が話題になっているが、政治そのものに興味を持つような分かりやすさも求めたい。 木脇良知政経部長 近年、国政選挙ではマニフェスト選挙が定着し、マニフェストを作成しないまでも、各候補の公約の中身が問われるようになってきた。3年前の参院選と知事選からは、公・告示日に「焦点と争点」を掲載し、候補者の主張や選挙の意義について伝えている。ただ、県議選は立候補者が82人いたこともあって、結果的に読者への情報提供が十分ではなかった。今後、工夫したい。
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