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妖怪の住む島々奄美

author: 川上 忠志 
illust:あいき じゅん
(更新日:2013年4月11日)

奄美の奥深い静かな森

奄美の島々には、神とも妖怪とも畏れられる、人間と自然との調和を司る存在が棲む【撮影/犬塚政志】

奄美大島のケンムン

ガジュマルの木やアコウの木、ソテツの木、へゴの木、マングローブ、大きな葉っぱのクワズイモなど奄美の奥深い静かな森を歩くと、どこからともなくヒュールル、ヒュールル、ケッケ、ケッケ、クッカルル、ルルル・・・小鳥のさえずる声とともにケンムンの声も聞こえてくる。そう、ケンムンと言う不思議な妖怪がじ~とこちらを見ているような気配がする。

皆さんはケンムンとかヒーヌムンなどの話を聞いたことがあるだろうか? 奄美の島々にはケンムンという妖怪が住んでいる。奄美は自然が豊富でアマミノクロウサギなどの貴重な動植物も多い。ひんやり、うっそうとした奄美の森、酸素を豊富に含んだ空気を胸深く吸い込むと体がリフレッシュしてくる。そして妖怪たちの空間も広がってくる。神秘的で貴重な奄美の森、貴方にもぜひ一度訪ねてみてほしい。

私は仕事などで奄美を訪ねる時、ケンムンたちに会いたくて奥深い森を訪ねる。だが大人になった私にはケンムンはなかなか姿を見せてはくれない。ケンムンは神聖な心を持つ子供や神通力のある大人などには安心して姿を見せるようだ。しかしケンムンを怖がることはない。悪さもするが良いこともするからだ。タコが嫌いで魚が好物、機嫌が悪いと人をまどわす、相撲が好きでだれとでも相撲をとりたがる。日本全国の妖精や妖怪の中で、奄美のケンムンが一番強いと言われているのもそのためだろうか?

私も子供の頃ケンムンと相撲を取った、いやヒーヌムンとだ。私の住む島は同じ奄美でも奄美大島本島から数百キロ南にある沖永良部島。ここではケンムンのことをヒーヌムンと(木の者)と呼ぶ。沖縄ではキジムナーと呼び与論島ではイシャトーと言うがほぼ似たものである。日本本土における河童や天狗、外国の雪男などと類するもののように考えられるが少し違うようだ。




ヒーヌムン小学生に勝利

ヒーヌムンとの相撲に私が勝つことは、とうとう無かった【イラスト:あいきじゅん】

子供の頃、ヒーヌムンと相撲を取った

戦時中に生まれた私は戦後の食糧難の時代に育った。大人も子供も食料の確保に必死だった。小学生でも農繁休暇で学校を休んで農業の手伝いがあり、日課は牛やヤギのための草刈り、黒砂糖作りなどの農作業だ。体が小さいから床下を回り、放し飼いをしているニワトリの卵探しなどがあった。食料はソテツの実のお粥やサツマイモ、お米は貴重品でめったに食べられない。その頃はソテツやガジュマルなどのジャングルが多かった。

草刈りをしているとどこからともなくヒーヌムンが現れてきて相撲をとろうと言う。いやだいやだと逃げてもすぐにつかまって相撲をとらされるが、ヒーヌムンは強くて私はすぐに負けてしまう。そして押さえこまれてしまうから手で退けようとばたばたするが、なかなか退けられない。あるのは足だ。足でヒーヌムンを蹴飛ばす。何回も蹴飛ばしているとヒーヌムンも諦めたのか「キャキャ」と言いながらニタニタと笑い逃げていく。その愛嬌のある表情がまたなんとも憎めない表情なので、よ~し強くなって次は勝ってやるぞと思うのだけど、やはりヒーヌムンは強い。いつも私の負けばかりだった。

おおいかぶさるヒーヌムン

眠っているとヒーヌムンが馬乗りになってきたという証言も【イラスト:あいきじゅん】

手つかずの自然が残っていた沖永良部島も、戦後の高度成長期に開発が行われ、森や林が次々と消えていった。それでも島で一番高い山、大山や越山にはまだ奥深い空間が残っている。いつの日かヒーヌムンを見つけて、ゆつくりと話でもしてみたいものだ、と思っているこの頃である。

私の家には大きなガジュマルの木などが回りを囲んでいる。母親は生前、暑い夏に家の戸を少し開けておくとヒーヌムンが入ってきて悪さをすると言って、ガジュマルの木にヒーヌムン除けの五寸釘を打ったがあまり効果はなかった。

沖永良部島出身で霧島市在住の友人は、島に帰ってきて大山のすそ野の谷山集落で、大木の茂みにヒョイヒョイと動くヒーヌムンを発見した。その友人の話によれば、ヒーヌムンには遊ぶ場所も住む所もあるらしい。その二日後、ヒーヌムンにさそわれて集落の神木や遊び場、住み家を教えてもらったと言う。

ヒーヌムンに好かれてその存在の姿が見える人は、「無邪気な子供、神と話ができる神通力のある人、心やさしくヒーヌムンに危害を加えない人」このような人たちにヒーヌムンは安心して姿を見せるのだろう。




日本一のガジュマル

筆者も通った国頭(くにがみ)小学校にある日本一のガジュマル。木の精であるヒーヌムンもさぞかしお気に入りだろう【撮影/川上忠志】

長寿者たちが語るヒーヌムン

私は島で戦後を生き抜いた長寿者たち百人に、話を聞いてみた。子供の頃からヒーヌムンと相撲を取ったり、押さえ込まれたり、まどわされたり、ヒーヌムンと遭遇した人たちが三十六人もいた。さらに驚くことに、今も昔もヒーヌムンが居ると信じている人たちが百人の中で半数近い四十四人もいたのだ。

奄美の森や沖永良部島にはケンムンやヒーヌムンが居る。貴方もぜひ一度、ケンムンやヒーヌムンに遭遇しに奄美へいらっしゃい。




川上忠志川上忠志

沖永良部の歴史や伝承を研究する「えらぶ郷土研究会」会員で、南日本新聞和泊販売所長。生まれも育ちも沖永良部。著書に、西郷隆盛の沖永良部遠島時代のエピソードをまとめた絵本「えらぶ西郷隆盛ものがたり」など。

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

濱田百合子さんあまみんちゅ[no.11]
濱田百合子さん(奄美の情熱情報誌 ホライゾン編集長)

「大島、大島って略していうもんだから、てっきり“伊豆大島”だろうと思っていたら“奄美大島”でした」と笑う濱田さん。東京で出版関係の仕事に就いていたが、奄美出身で写真家の夫と共に奄美に移り住んだのが約30年前。以来、情報誌ホライゾンの編集長をはじめ、奄美群島を島外に発信するさまざまな活動に携わっている。

奄美の情熱情報誌 ホライゾン

年2回発行されるホライゾンは1995年にスタート、今年で19年目になる。「奥深い魅力を持つ奄美群島の“入門書”でありたい」と日々取材に明け暮れるが、時には雑誌を飛び出す広がりを見せるものもあるのだそう。ホライゾン33号(2011年6月発行)で特集した「島々の妖怪大全」は、それが元となり奄美群島の妖怪をテーマにした『奄美ケンムンふぇすた』というイベントにつながった。

「奄美の島々の妖怪は、それぞれ似ていても少しずつ違う。その多様性は島々の多様性をそのものだし、自然の守り神としての性格は自然保護のメッセージにもなるんです」とイベントに込めた思いを語る。奄美ケンムンふぇすた今年3回目となる『奄美ケンムンふぇすた』は、7月27日・28日に開催され、シンポジウムや奄美群島日本復帰60年を記念した島唄の発表(ケンムン題材の創作島唄)など盛りだくさんの内容。「来年は、共通の妖怪文化を持つ沖縄でリレー開催することになっています」と更なる発展に力を注ぐ。(2013年4月25日)

ケンムンのラッピングバス

DATA

第3回 奄美ケンムンふぇすた

  • [開催日]2013年7月27日(土)・28日(日)
  • [会場]奄美パークほか
  • [主催]ケンムンふぇすた実行委員会 0997-55-2333
  • [内容(予定)]沖縄・奄美・本土の妖怪研究者によるシンポジウム/奄美12市町村のケンムンキャラクターの決定と特別住民登録/ケンムンダンス/琉球舞踊/ケンムンキャラクターラッピングバス(写真)など
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