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島に託された宝
~アメリカ元大統領の祭壇~

author: 久倉勇一郎(更新日:2013年12月12日)

祭壇近景

教会は街のほぼ真ん中にあり、奄美の人々を静かに見守っている【提供:奄美大島観光協会】

奄美大島とカトリック教会

奄美大島の中心地、奄美市名瀬。奄美群島の中心都市として栄えた港町です。その中心地を歩いているとひときわ目につく建物があります。正面玄関と思われる場所の頭上には大きな像があり、すぐ脇には高い鐘楼がそびえています。その正面玄関をくぐり中に入ると20列あまりの背もたれのついたベンチのような椅子が並び、真ん中に通路が通っています。その奥に白い大理石を掘り込んだ祭壇が鎮座しています。

笠利のカトリック墓地

奄美大島北部、奄美市笠利町辺留の信者の墓地。珊瑚礁を望む海岸端にあり、まるで外人墓地のよう

ここはカトリック名瀬聖心(みこころ)教会。奄美市役所や商店街からもほど近く、私も教会から歩いて2~3分の所にある名瀬小学校に通っていたので、教会が特に珍しい存在ではなく生活に溶け込んでいました。市民にとってはそこにあって当たり前の存在です。

しかし、奄美を一度出た私は、奄美のカットリック教会の数が他地域に比べ非常に多いということに驚かされました。奄美大島北部における信者の割合は人口の6%ほど。日本一といわれる長崎県(信者の割合は4%余)よりも多いのです。北部を車でドライブすると集落ごとに教会が点在し、まるで外人墓地を思わせるような信者の墓地もあります。




名瀬聖心教会「レンガみどう」正面

1922年に完成した名瀬聖心教会「レンガみどう」。1945年4月の空襲により焼失【提供:名瀬聖心教会】

驚きの祭壇

そんな奄美大島にある名瀬聖心教会ですが、つい最近驚くことを耳にしました。教会に鎮座している祭壇が、あのアメリカ元大統領「J・F・ケネディ」の葬儀で使用された祭壇であるというのです。

言わずと知れた故ケネディ元大統領は、1961年に史上最年少の43歳でアメリカ合衆国の大統領に就任し、1963年11月22日テキサス州ダラスで凶弾に倒れました。その葬儀は、同年11月25日にセント・マシューズ大聖堂で執り行われたのですが、なぜ、その時に使用された祭壇が奄美大島の聖心教会にあるのでしょうか。教会の歴史をひも解いてみます。

名瀬港に入港するココダ号

名瀬港に入港するココダ号【提供:名瀬聖心教会】

聖心教会は1922年(大正11年)に建てられました。写真を見ると赤レンガ造りの荘厳な建物です。その建物が1945年(昭和20年)4月の空襲で焼失しました。戦後に木造の建物として再建されたのですが、その建物も1955年(昭和30年)の名瀬の大火で再び焼失してしまいました。

そして、再度再建する話が持ち上がったなか、1962年(昭和37年)に、たまたま休暇で帰国した名瀬聖心教会のルカ神父がセント・マシューズ大聖堂を訪れると祭壇が取り壊されるとの話を聞いたそうです。その祭壇は、イエス=キリストが十字架を背負ってゴルゴタの丘まで歩いている「道行き」の場面を大理石に掘り込んだ見事な祭壇で、どうせ取り壊すなら新しく完成する名瀬聖心教会へ寄贈してほしいとお願いし、約束を取り付けました。翌年、奇しくも、その祭壇がケネディ元大統領の葬儀に使われることとなりました。そして、1964年(昭和39年)2月2日、祭壇を積んだアメリカ海軍の軍艦ココダ号が名瀬港に入港し、1965年(昭和40年)、名瀬聖心教会は新聖堂用祭壇とともに完成したのでした。




ココダ号船長を出迎えるゼロム神父

名瀬港にてココダ号船長を出迎える名瀬聖心教会のゼロム(ジェローム)神父【提供:名瀬聖心教会】

日米の架け橋として…

祭壇が名瀬聖心教会に届けられて50年近い月日が流れました。奄美大島に住んでいる人もこんな貴重な祭壇が聖心教会にあることを知らないまま暮らしています。その祭壇がにわかに脚光を浴びる時がきました。

聖心教会

名瀬聖心教会外観【提供:大和村役場】

つい先日、ケネディ元大統領の没後50周年にあたる年にご息女であるキャロライン・ケネディ氏が駐日アメリカ大使として来日されたのです。アメリカ大使の赴任がこんなにニュースで流れるというのは他の大使ではないことです。改めて「ケネディ家」の名前の大きさを実感しました。

ケネディ元大統領が来日することはありませんでしたが、貴重な祭壇が日本の片隅で日米友好の懸け橋としてひっそりと活躍し続けていることを大使にも知って欲しいものです。名瀬聖心教会に行くとその祭壇が現在でも中央に鎮座しています。毎日街中に鳴り響く教会の鐘とともに名瀬の街を見守り続けています。




久倉勇一郎(ひさくらゆういちろう)著者紹介

1973年奄美大島生まれ。中学・高校・大学は奄美大島を離れ、鹿児島市で税理士事務所に勤務。2006年実家の郷土料理屋を継ぐために帰郷。現在、(有)けいはんひさ倉取締役。奄美大島観光協会事務局次長も務める。

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

あまみんちゅあまみんちゅ[no.19]
丸山貴幸さん(有限会社 鹿児島事務機商会 代表取締役)

「いろいろな会社の『困った』を解決する“奄美のオフィス救急隊”を目指しています」と語る丸山さん。創業50年の鹿児島事務機商会は、本社のある鹿児島本土だけでなく、奄美群島全域をカバーする事務機器販売の老舗だ。

日々、奄美の島々をスタッフが駆け回り、丸山さん自身も与論島を担当して4年目とのこと。「毎月5日ほど、年間で60日くらいは与論島にいますが、たくさんの良い出会いと、失敗も含めた素敵な経験ができました」と笑う。失敗談のひとつが、与論が誇る歓待の酒盛り儀式「与論献奉(よろんけんぽう)」にまつわるもの。多くの人が酔い潰れてしまうこの儀式、あまりお酒には強くない丸山さんは心底恐れていたのですが、やってみると意外に楽しい。「でも、調子に乗って最後はベロンベロン。畑に転落し泥だらけになりました」。

大盃今では“ほどほど”を心掛けて参加しているそうだが「与論島で一番のコミュニケーションの場ですし、楽しいし…」とまんざらでもなさそう。お気に入りのアルコールも、与論島の黒糖焼酎『有泉』で、2014年4月に装いも新たに発売される『島有泉』を心待ちにしている。

昨年、今年と甚大な台風被害が出た与論島だが、丸山さんが心を打たれたのが、どんなに苦しくても笑顔を忘れない与論島の人々の「明るさの“深さ”」だったという。個人的に何ができるわけでもないが、与論島のイベントなどに積極的に参加することで応援していきたいと語る。「来年3月9日のヨロンマラソンを楽しみにしています。今年はフルマラソンに挑戦です」と力強い言葉で締めくくった。(2013年12月26日)

島有泉

DATA

黒糖焼酎 島有泉

  • 主原料の黒糖(さとうきび)を二次仕込みに使用し、サンゴ礁から湧き出る地下水で仕込んだ常圧蒸留の黒糖焼酎。あっさりした味わいが人気。
  • [蔵元]有村酒造株式会社
  • [発売予定]2014年4月
  • [原材料]黒糖・米こうじ
  • [タイプ]1800ml(25度・20度)
  • 900ml(25度・20度)
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