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驚きと感動に満ちた「何もない島」
~喜界島はこう楽しもう~

author: 東 亮輔(更新日:2014年8月14日)

ハワイビーチ

島の最北端にある「ハワイビーチ」。白い砂浜と透き通った海が迎えます

旅の終わりは旅の始まり

初めての旅行を喜界島に設定する方はほとんどいないと思う。現に私もそうだった。富山の実家から北海道へ渡り、本州を南下し四国・中国を巡った後は九州を縦断。鹿児島から沖縄へ渡り、八重山諸島を周った道中でも奄美群島や喜界島のキーワードを思いつくこともなければ聞いたこともなく、行くことはなかった。喜界島に初めて上陸したのが7年前。重い腰を上げて催行した奄美群島ツーリング最後の場所だった。スマートフォンもない時代、現地の方もしくは居合わせた旅人から次の目的地について情報収集するのだが、喜界島については皆一様に「行ったことがない」「何もない」との回答ばかりだった。実際奄美大島から喜界島に渡るフェリーは通常の3時間遅れ。北風の影響で寄港する港も通常とは違う場所-と、事前情報が無い状態で辿りついた喜界島は道中聞いた言葉通り「何もない」島のように思えた。

一直線道路

サトウキビ畑の中をまっすぐに伸びる「一直線道路」

とりあえず、街灯も消えた島内を走り、雨風しのげる場所を探し、寝袋に潜り込んだ数時間後、喜界島にも朝が訪れた。近くのスーパーからは塩サバを揚げる香りが漂い、港近くの食堂では朝食を提供していた。「何もない島」と言うけれども、ここでは確かに人が生活をしているのである。陽が昇って来ると周囲を散策してみた。前述のスーパーの他にも数店舗スーパーがあり、ホームセンターや専門店、飲食店もある。道路はきちんと整備されているしインターネットも繋がるようだ。ということは、「何もない」島ではなく、小規模ながら経済圏が確立しているということである。ただ、周囲がそれを「知らない」だけなのではないかと。

市街地を抜けると隆起珊瑚の海岸がひたすら続く。珊瑚の海岸と海の鮮やかさが絶妙なコントラストを作り出すおかげで、小さい島ながら走っていても飽きないのである。島の中央部には果てしなくサトウキビ畑が広がり、真中を抜ける直線道路を上り下りするたびに新しい景色が眼前に広がる。広々とした風景に飽きたら今度は峠道へ。山と言うよりは「台地」と形容したほうが良い喜界島の丘陵地域に辿りつく様々な道の途中には、巨木が点在し、うっそうとした森の中を覗いてみると実は一本の木だったりと、離島とは思えないボリュームを感じさせてくれる。日本中で様々な景色を見てきた自分にも、それはすごく新鮮かつ刺激的な感覚だった。




島御膳

島で採れる旬の野菜を使った天ぷら,小鉢などを一度に味わえる「島御膳」

ケラジミカン

花良治地区で古くから栽培されてきた「花良治ミカン」。さわやかな強い香りが特長

若々しくエネルギーにあふれた島

喜界島は形成されてから約12万年と、地質学上では非常に「若い島」なのだそうである。12万年かけて211mまで隆起したこの島は今も年間2ミリの速度で隆起活動中との事。非常に若い島の為、離島ならではの個体種は存在しないが、日本一の生産量を誇る白ゴマや、幻のミカン・花良治(けらじ)ミカンに代表される在来柑橘は香りが強く原種に近いと好評価を頂いている。
 若い土壌で育まれた野菜・果物を食べて育った喜界島の人々も例外ではなく、ミネラル豊富な食生活のおかげか穏やかな性格の方が多い。若々しくエネルギーにあふれた島で、原種に近い材料を使った料理を食し、穏やかな島人たちと交流する。日本、地球の歴史と間接的に触れ合うこの瞬間こそが喜界島における一番の楽しみ方なのかもしれない。







平家上陸の地

島北部の志戸桶ビーチにある「平家上陸之地」と記された石碑

「貸し切り」の景色と時間

東シナ海と太平洋の境に位置する喜界島は古の時代より落ち武者(源為朝、平家の残党)やお坊さん(俊寛)、美女(ウラトミ)や幕末の志士(村田新八)など様々な人が流されてきました。近年では、大陸からの漂着ゴミや、東日本大震災で被害を受けた宮城の船が流れ着きました。さまざまな人・モノが流れ着く割には、豪華客船が寄港できなかったり、特産品コンテストの審査員が悪天候で来られなかったりと、「ツンデレ」な要素も持ち合わせているようです。フェリーの入港時刻は早朝・深夜に限られ、奄美空港間の飛行時間はわずか20分程と、便利なのか不便なのか分からないアクセスとなっています。なので、来島の際は、滞在時間に余裕を持ったほうが良いでしょう。

阿伝集落

サンゴの石垣が数多く残る阿伝集落の風景

島の周り方には特にコースはありません。ですが心配することはありません。島に降り立った瞬間から、透明度の高い海、見たこともないような巨木、3キロにも及ぶ一直線道路、ほとんどの集落にある神社(全部で48箇所)、自生する薬草や花やパパイヤ、幾多の台風に耐えてきたサンゴの石垣や、石垣から生える草花などがあなたを驚きと感動の世界に誘ってくれます。

ゴマ畑

100ヘクタールを越える栽培面積を誇る喜界島のゴマ畑

高い山がない平坦な地形なので、空が広く見えることにも驚くでしょう。広い空に映し出される朝日や夕日、満天の星空など、ハブがいないので安心してゆっくり眺めていただけます。時間の心配はいりません。なぜなら帰りのフェリーは早朝か深夜なのですから。島内で道に迷うことはまずありません。狭い島なので、必ずどこかで海沿いの道に出ます。それでも分からなければ、道行く人に尋ねるといいでしょう。人口が少ないので、道行く人すら探すのが難しい時があります。人を探している時に気になる景色を見つけたら、ふと立ち止まって眺め続けるのもいいでしょう。人通りが少なく、人工物も見えないその場所は、時間が止まっているように感じるかもしれません。そう。この島は「景色と時間を貸し切る」事ができるのです。

喜界島にも観光用パンフレットがあり、さまざまな観光名所が記されています。ですがあなたが、前に書いたような感覚に遭遇したなら、そこがあなたにとっての「喜界島の観光名所」になることでしょう。喜界島の特産品を活用したお土産もたくさんあります。そのお土産を渡す際に、喜界島で遭遇した感覚を少しでも話して頂ければ、そのお土産にも魅力が宿り、渡した方にも新たな感動を与えることでしょう。




東 亮輔(あずま・りょうすけ)著者紹介

富山県砺波市出身。7年前から喜界島に移住。島内でのスーパーや飲食店に勤める傍ら、喜界島の若者たちと喜界島総合情報サイト「喜界島ナビ」を立ち上げる。3年前から喜界島観光物産協会で勤務。

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

西真弘さんあまみんちゅ[no.27]
西 真弘さん(奄美昆虫同好会員)

「奄美はまだまだ未知の生物がいる宝の島。奥深いですよ」。奄美昆虫同好会の西真弘さんは、そう目を輝かせる。環境省から委託を受ける奄美マングースバスターズとして、奄美に移住して9年。マングース駆除の合間を見ては、昆虫探しに繰り出す日々を送っており、既に新種も発見している。

和歌山県生まれ。2歳のころから、カブトムシやクワガタムシなどを追いかけ回す昆虫少年だった。小学校6年生のとき参加した和歌山県立自然博物館の自然観察会がさらにのめり込む転機となった。講師だった日本有数の昆虫研究者との出会い。以来、採取した昆虫を博物館に持って行くのが日課となった。

その研究者が学んだ近畿大学農学部農学科に進学。3年生のとき、農業実習で初めて奄美に渡った。2週間の予定だった研修は夏休みいっぱい続き、「奄美の自然に魅了された」。その後、広島の環境調査会社に就職。10年間勤務した後、妻の「暖かい場所がいい」という言葉にも後押しされ2005年、奄美へ移住した。

昨年には、11年に奄美市住用町の山中で採取した昆虫が新種と認定され、「アマミクロテントウゴミムシダマシ」と命名された。今年に入ってからも新種を発見。「昆虫好き冥利に尽きる」生活が続く。だが一方で、進みつつある生態系の破壊にも気づいた。自身の集落で繁殖し続けるザリガニ外来種指定のアメリカザリガニを見て、「ここで何もしないわけにはいかない」と、奄美アメリカザリガニバスターズを立ち上げ、自ら代表となった。

「自然を壊すのも生き返らせるのも人間次第」。アメリカザリガニ駆除では時に、子どもたちを呼びイベント開き、奄美の自然の豊かさ、守るべき自然の大切さも伝える。「奄美を守りたい。微力ながら、そのお手伝いができれば」。

DATA

ナイトツアーガイド「フィールド・ワーク」

  • アマミノクロウサギやハブ、アマミヤマシギなど奄美の固有種はほとんどは夜行性。専門のガイドが夜の森をご案内します。

    <一般コース>
    所要時間 約3時間
    料  金 1人5000円

    <ロングコース>
    所要時間 5時間以上
    料  金 1人9000円
    ※ロングコースは金、土か祝日の前日のみ。1週間以上前に要予約
    ※ロングコースでアマミノクロウサギ希望に限り、見られなかった場合は半額
  • [問い合わせ]西 真弘さん
  • [電話]090(9739)3494
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