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境界線からみる奄美

author: 中村 佳穂(更新日:2015年7月9日)

奄美のおばあちゃん

生まれたばかりの私(指がながい!)と、奄美のおばあちゃん

私と奄美の記憶

私は関西出身の関西育ちですが、母が奄美大島の生まれ。物心付く前から、よく奄美に来ていました。今回は関西出身の私なりの「記憶」をテーマに「南国、奄美大島」の話を書けたらと思います。

いくつか、今でも口に出して言える、小さい時の奄美の記憶があります。

ひとつは、初めて一人でおばあちゃん家に泊まった朝のこと。夏なのに、2 階の少し開けた小窓から流れてくる風はかなり乾いていて、その涼しさに気持ちよく目覚める。アカショウビンの声が遠くで聴こえる。

前日の晩に飲ませてもらってから大好きになった、すももジュースを飲むために静かに静かに、台所へ降りて行く。

大好きな奄美

大好きな奄美の探検。写真によく落書きしています

もうひとつは、海のすぐそばに住んでいたおばさんの家のこと。おばさんの家にはテレビの横に自宅用のカラオケがあったのに、中身も全然知らない人の歌しか入ってなかった。「佳穂、あんたに見せたいものがある」と言って、おばさんはニワトリ小屋にざっくり割ったスイカを昼に置いた。月の出る頃、海辺の方からスイカめがけて、たくさんのたくさんのヤドカリの群れが列をなして、ニワトリ小屋のスイカめがけて集まってきていて、背筋がゾワッとしたこと。

道沿いに咲く鮮やかなハイビスカス、金作原、奄美祭の花火、カヤックに乗って見たマングローブ…。そういった観光らしい奄美の思い出よりも、私の記憶にいつまでも残っているのは、漫画を何度も何度も繰り返して読むような、畳の目を数えるような、五感に記憶を落としていく暇つぶしのような些細な毎日の作業の方なのです。




去年の夏、奄美に一緒に行った撮影の女の子が「映像より本物がいいね」

私とうたう原点

現在私は、関西を中心に音楽活動を続けています。活動は大学に入ってから始めました。初めて親にキーボードを買ってもらい、それを背負ってライブハウスという歌をうたう場所に「私もここで歌わせてください」と言いに行ったのが最初。そこから徐々に音楽の友達も増えて、まだまだですが奄美も含めて全国各地で歌をうたうようになりました。

自作の歌をうたうようになってから、ずっと習慣にしていることがあります。うたう合間に、"スケッチブックに今日感じていることを描く"ことです。

ミュージシャンは、ライブの時にセットリストという曲目の順番を書いたシートを作るのですが、その作業に近いと思います。大学の授業ノートも兼ねて描いています。年間100 回近く歌っているので、描いた冊数は16 冊を超えました(このコラムの下書きもそれに書きました)。これを描ききれた時のライブの方が楽しく歌えるという、願掛けみたいになりつつあります。

スケッチ

こんなかんじでスケッチを埋めています。「無罪の50」ってなんなんだろう…

ただ感じたことを書いているのであって、描いている姿を見たお客さんに「他のアーティストの勉強までして熱心だね」と言われることもあって、返答に困ってヘラヘラしてしまいます。

手の中にあるのはグチャグチャの絵みたいな走り書きで、今日歌う場所のお店の雰囲気だとか、店長はどんな人だ、今日ご一緒する演者の人はどんな歌を歌っているのか、お客さんはどんな雰囲気でその場にいて、照明はどんな感じだ-。特にルールはなくて、その日に気になった"ひとつ"をいくつもいくつも集めて描いているスケッチブックなのです。

毎日は変哲もなくて些細です。子どもの頃は、誰もがその中から"楽しいなにか"を見つけてくる名人だったように思います。大人になるとぐんとそれが下手になった気がしてがっかりするし、できればみずみずしい感性を持ち続けたいと思ってしまいます。だけど、時はどうしても過ぎてしまうので、私なりのやり方で、子どもの頃の記憶合わせのように、毎日に落ちている“楽しいひとつ”をまとめて見つけては、うたに込めて発表している気がします。




ライブ

2015年8月22日に奄美でライブやります!きてね

はやく夏休みになればいいのに

バンドでもクラシックのオーケストラでもそうですが、“強い力で集まった個”が同じ方向をみた時に“大きな一つの生き物”のようにみえる時があります。

奄美大島という島はまず、飛行場から降りた時に、それと同じような、生き物の中に入ったような感じに包まれる気がします。

それは島の人たちがみんな「この島の人」という強い絆を感じているからかもしれません。そして、どの街を旅していても、なんだか奄美大島は私の歌の原点だと考えてしまうことが多いのです。

たまに見つける"個"の匂いが、関西と似ているより奄美と似ているほうが、どうしてなのか感動したり嬉しくなったりします。その理由のひとつは、小さい時の「記憶」にあるのかもしれません。

今年の夏は、奄美はぶ大使も務めていてすっかり島の人っぽくなりつつある、私の大好きなパーカッショニスト・スティーヴ エトウさんと、奄美大島に歌いに行きます(2015 年8 月22 日、奄美市ASIVI にて)。多分その周辺になると島内をうろうろしているはずです。

奄美は”楽しい”を探すのがとっても楽しい島です。読んでくれてありがとうございました。

またね!




中村 佳穂(なかむら・かほ)著者紹介

1992年生まれ。「手は生き物、声は祈り。」ピアノ弾き語りで関西を中心に全国各地で歌っています。母が奄美大島出身。京都精華大学人文学部4回生。奄美を研究している先生と一緒に卒業制作をしています。HP:http://nakamurakaho.web.fc2.com/

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

あまみんちゅあまみんちゅ[no.38]
碇山 勇生さん(プロサーファー・龍郷町)

サーフィンに出会ったのは中学1年生の夏。魚獲りに使っていた板がボディボードだったと教えられ、そこから見よう見まねでサーフィンを始め、気が付けば自然とプロサーファーを目指していた。「板1枚と自身の体一つで自然と向き合うのがサーフィン。大自然の中で、自分と真摯に向き合えることに魅了されました」と話す。

生まれも育ちも龍郷町。自宅近くの手広海岸で、夢中に波乗りを続けるうちに才能が花開いた。全国各地のアマチュアコンテストに参戦するようになり、1999年にはオール九州ユニオンサーフィン大会で優勝。2009年には、念願だった日本プロサーフィン連盟(JPSA)公認のプロ資格を取得し、現在は奄美を拠点に、世界各地の競技やイベントに参加している。

あまみんちゅサブ

奄美大島を「還(かえ)る場所」と表現する。各地のサーフポイントを見てきたが、奄美の海は大自然の中というロケーション、そして水の綺麗さから一番だと思う。「島にいると当たり前と気付かなかった。外に出て初めて、宝の島だったということに気付いた」。独特の波を持つ奄美は、国内をはじめ世界に誇れるスポット。「上級者でも楽しめますよ」と笑う。

ただ「還る場所」の意味は、それだけではない。何より「人と環境が最高」と言い切る。素朴な暮らしの大切さ、思いやりにあふれる島人、結いの心、大自然に活かされていることなど、古くからの伝統や文化などを感じられるのが奄美。それら自然や文化、人々とのふれあいで「原点に戻れる場所なんです」と話す。

自身を育ててくれた手広海岸で、護岸工事計画が持ち上がったときは、率先して先頭に立ち見直してもらえることになった。「奄美の伝統、文化、そして自然を後世に残すために今後も活躍していきたい」と表情を引き締めた。

あまみんちゅメイン

DATA

「Can.nen Surf」(きゃんねんサーフ)

  • サーフィンの魅力、奄美大島の魅力をもっと伝えたいと、2012年に碇山さんがオープンしたサーフショップ。サーフ用品をはじめ、オリジナル商品を販売しているほか、サーフガイドやサーフィン教室なども開催している。

    [店舗情報]
    <住所> 大島郡龍郷町赤尾木157-5
    <電話> 0997-62-3332
    <営業時間> 午前11時~午後7時
    <定休日> 月曜日
    <HP>http://cannensurf.amamin.jp/
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