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「奄美大島らしさ」をデザインで差別化するヒント

- 大島紬が先か、奄美大島が先か -

author: 迫田 真吾(更新日:2015年8月13日)

織り

図柄にズレないように修正しながら織り進める

「奄美大島 < 大島紬」という衝撃

私が奄美大島を離れたのは2000年4月。高校卒業後、茨城県の大学へ進学のためだ。島を離れて衝撃的だったのは、奄美大島を知っている人が少ないことだった。
「迫田君って、どこの出身?」「奄美大島だよ。」
「東京の近くの島?」「それは伊豆大島、奄美大島は鹿児島県。沖縄と鹿児島の中間にある島!」
大学1年の時は、自己紹介で奄美大島がどこにあるのか説明するのがネタになる程だった。2002年には、元ちとせ氏のメジャーデビューシングル「ワダツミの木」が大ヒットし、奄美大島の認知度も少しずつ高まっていった。

2006年4月に6年間の学生生活を経て、東京のIT企業に就職した。社会人になると、色んな年代の方々とコミュニケーションする機会が増えた。そこで、さらなる衝撃を受けた。奄美大島より大島紬を知っている人の方が多いことだった。特産品・伝統工芸品の説明で大島紬のことを話すと、母や祖母が持っていたから知っていると言う人が意外と多いのだ。この時、初めて「大島紬ってスゲーな!」と心から思った。

2010年12月、東京での社会人生活に区切りをつけて奄美大島にUターンした。27歳の時に「南の島のたったひとりの会計士」という1冊の本に出会い、奄美の危機的な経済状況を知った。故郷、奄美大島での起業を決心し、地元に少しでも貢献したいと考えた。結婚後、すぐにUターンしたので、実家に戻ると妻と一緒に大島紬を着せられての写真撮影があった。私が大島紬を着たのは、これが初めてだった。




たんかん×大島紬

奄美たんかん×大島紬

「奄美大島らしさ」って何だろう?

2011年7月、個人事業主として創業した。地元企業のホームページを作成したり、チラシやパンフレットなどのデザインを請け負った。仕事をする中で悩んだのが、「奄美大島らしさ」をどのように表現するか?デザインするか?だった。特に、島外へ販売する特産品の商品パッケージやチラシといった販促物のデザインは試行錯誤の連続だ。

たんかん柄

奄美たんかん柄

デザインのどこかに「奄美大島らしさ」を入れたいというクライアントの要望が一番多いが、「奄美大島らしさ」というのが非常に抽象的なのだ。できるだけ具体的に落とし込むために「奄美大島らしさ」をクライアントと議論する日々。青い海やサンゴ礁、白い砂浜、ハイビスカスの花といった南国的な島らしさは他の地域にもある。差別化できるポイントを考える中で「大島紬の柄をデザインに入れたい」というクライアントの一言でひらめいた。大島紬の発祥の島「奄美大島」。これは「奄美大島らしさ」をデザインで差別化できるヒントになった。

例えば、冬に人気の柑橘「奄美たんかん」の商品パッケージを制作する際、大島紬の代表柄をモチーフに「奄美たんかん柄」をデザインした。今後はパッションフルーツやマンゴー、ドラゴンフルーツ、スモモ、サトウキビなど、奄美の特産物とコラボしたデザイン展開も考えている。そのためにも、私自身が大島紬について勉強し、より知識を得たいと思う。そして、「奄美大島らしさ」をデザインとして表現する際に助けとなった大島紬に対して、何かしら恩返しができれば幸いである。




タイツ

龍郷柄をモチーフに開発したタイツ

大島紬を知ってもらう”キッカケ”づくり

2015年1月、個人事業主を法人化して新しいスタートを切ることにした。「”Made in Amami”を全国へ広げるお手伝い」を理念に、より島外への情報発信を強化することが目的。これまでの事業に加えて、新しくEC(電子商取引)事業を開始した。オリジナル商品の企画、デザイン制作、販売を一貫して自分達で行い、島内外へPRするための戦略やノウハウを習得・蓄積し、それを地元企業へ共有していく計画である。

現在、進めているのが「紬-POP(つむぎポップ)」というプロジェクト。これまでの大島紬のターゲットと異なる層へアプローチするため、柄のデザインに注目してオリジナル商品を開発、大島紬を知ってもらうための”キッカケ”づくりに取り組んでいる。ターゲットは足元のファッションにこだわる若い女性やカラフルでポップなレッグウェア好きの方を想定、大島紬の代表柄である「龍郷柄・秋名バラ柄」をモチーフにしたタイツ(3種のデザイン)や靴下(3種のデザインに3色のパターン)、レギンス(3種のデザイン)をリリースした。大島紬の生産反数が1973年以降減少を続けていることから、新しい視点で地元の産業活性化の道を開けないか模索中だ。

こうした活動をしていく中で、自然と大島紬に関する情報や人との繋がり、さらには仕事の依頼も少しずつ増えてきた。例えば、大島紬の織りの工程に注目して商品を開発している方からの商品タグのデザイン依頼。また、祖母の形見の着物や大島紬を思い出として何とか残したいという方から、その大島紬の生地をタイルとして活用し、建物の壁をデザインする仕事。今までとは違った仕事内容に期待と不安が半々だが、完成するのが楽しみな案件ばかりだ。

本場奄美大島紬と名乗ることができる奄美大島産の大島紬。先人が残してくれたこの宝物を「奄美大島らしさ」の代表として、より多くの人に伝えていきたいと思う。




迫田 真吾(さこだ・しんご)著者紹介

1982年、奄美市名瀬生まれ。高校卒業後、大学進学のため奄美を離れる。東京のベンチャーIT企業で働いた後、2010年12月に奄美へUターン。現在、アビコムデザイン合同会社の代表として、Webサイト制作やグラフィックデザイン、セミナー講師などを行っている。

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

あまみんちゅあまみんちゅ[no.39]
森永 真由美さん(アロマサロン「Link」オーナー・奄美市)

「自然が力強い奄美だからこそ、よそにはない魅力がたくさんある」という森永さん。自身のサロンでも、奄美で生産される日本ミツバチの蜂蜜などを取り扱う。奄美で採れるゲットウやビワ茶エキス、ショウガパウダーなどを使った石けん作り教室は女性だけでなく、親子や男性にも人気だ。「昔からゲットウの葉は団子を包むのに使い、しっしんなど肌トラブルにも使われていたそうです。爽やかでほんのり甘い香りがいいですよ」という。

アロマセラピー歴は8年ほど。高校卒業後に上京し就職、4年後に帰郷した。3人の子育て中にアロマに出会い、頭痛や体のだるさ、イライラなどの改善に役立ててきた。5年ほど前から本格的に学び、アロマインストラクターなどの資格を取得。2011年、古里の奄美市でサロンを開業した。子どもの頃は祖父母と一緒に畑の手入れや収穫の手伝いをしていた。畑にはミミズ、モンシロチョウなど虫がたくさんいて野の草や花を摘んで遊んだ。「自然と共に生きて、知らず知らずのうちに癒やしの中にいたのだと思います」

あまみんちゅサブ

現在は、スポーツをしている子どもたちにアロマを使ったジュニアケアを提案している。足首・腰の痛み、捻挫などが多かったわが子にアロマケアを施したところ、軽快したのがきっかけだ。運動後のマッサージなどで自らケアをできるよう講座を開く。「子どもたちには感覚を豊かにして力を発揮してほしい」。自己治癒力や自然の持つ力を伝えることの大切さを実感している。奄美の自然のパワーを感じるお気に入りの場所は奄美市笠利町、空港へ向かう道沿いの海岸。「人もおおらかで温かいのがいいところ! 自然の持つ力を実感しにぜひ来島してほしい」

あまみんちゅメイン

DATA

アロマサロン「Link」

  • <アロマトリートメント>
     30分 3,500円~
    <ジュニアケア>
     30分(中高生)2,500円 20分(小学生)1,500円
    <手作り石鹸教室>
     90~120分 3,000円~
    <香りのセッション>
     40分 3,000円(精油2mlお持ち帰り)
     心身の問題解決をサポートするブレンドオイルを作る。
    ※2015年7月現在(価格は変更される場合があります)

    [店舗情報]
    <住所> 奄美市名瀬末広町2-25トミーズビル1F
    <電話> 0997-52-1777
    <HP>http://focus-kirakira.com/index.html
    <ブログ>http://aromalink.amamin.jp/
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