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ユライ・ユイ・ユエ
~新しい伝統が生まれる場所~

author: 元井 庸介(更新日:2016年01月14日)

シマ(集落)外れの岬

シマ(集落)外れの岬。清掃後にサーファーを眺める地元住民達。サーフスポットだが集落の人は誰もサーフィン出来ない…

ユライ(集い)

「ずっとやりたかった事があるっちょやー」

そう言いながら、おじは部屋の奥から1枚の地図を持って来た。ずいぶん古い様子の、黄ばんだその紙にはいろんな矢印や文字が書き込まれている。

「ここの上に宿を造りたかったわけ!」

トントンと彼が指差した場所は、地元の人なら誰もが知っている集落外れの岬だった。

僕らは奄美大島の住用町という町で生まれた。もっとも、少し前までは「村」だったのだけれど、俗にいう「平成の大合併」で「町」という名称を手に入れたのだ。 ゲームだと「進化」とか「レベルアップ」なんだろうけれど、村から町に変わってもこの場所に大きな変化はなく、穏やかな時間と緩やかな人口の減少が続いている。 現実はシュミレーション通りには行かないようだ。

故郷だから特別な思い入れがあるこのシマ(集落)にも、当然「過疎」や「高齢化」といった波が押し寄せていて、もしかしたら日本全国にある通称「地方」と変わらないのかもしれないと思う事がたまにある。というか端から見るとそうなのかもしれない。 けれど、ここは少し不思議な島だ。想像がいつの間にか現実になってしまう島。だから僕は、この先もずっと大好きな場所であり続けるだろうと思えるのだ。

シマオキテル

尊敬する先輩が、最近よく使う言葉がある。 キッカケは些細な会話だった。

沢のぼり

青年団で新しい観光ルートを探すための沢のぼり。日々いろんな人達が、島を「オコシテ」いる

「みんなやり方違うかもしれないけど、なんだかんだ頑張ってますよねー」

「うん。“島興し”って意識してやってる人もいるし、そんな事考えずに生活のために必死に頑張ってる人もいる。でも結局、エネルギーが向かってる大枠の方向はみんな同じなのかもねー。」

「“シマオコシ”ってずーっと昔からある言葉なんですかね?」

「んー…。でも最近思うんだけど“シマオキテル”よね?」

どういう漢字を当てるはめるのかはよく分からない。けれど、その言葉を聞いた時なんだか妙に納得した。 島はオキテいる。少なくとも僕達の周りではオキマクッテいる。

島人の価値観を共有するためにメディアを立ち上げた人。島の魅力を伝えるデザイナーになった人。活動を休止していた青年団を復活させた人。海の守るライフガードを組織した人。集落の魅力を体験してもらうために役所を退職してNPOを立ち上げた人。奄美の伝統技法を使ったアパレルブランドを創った人。自然の中で過ごす楽しさを伝えるためにキャンプ場を開いた人。などなど…。挙げればキリがないけれど、そんな人達に感化され帰島して着々と準備をしている人も大勢いる。

島外の人々が田舎に抱くであろうのんびりとしたイメージとは裏腹に、島の生活は日々誰かが何かを起こしていて刺激にあふれている。それはきっと、すでに島が“オキテル”状態なんだと思う。

一体いつからこんな島になったんだろう。

ユイ(結)

第一回 住用もりあげまSHOW

若手からベテランまで、地元の余興好きが一同に会した「第一回 住用もりあげまSHOW」。島の人達は楽しませる事も楽しむ事も大好きだ

「それならワン(自分)もやりたいことがあったっちょやー」

そんな訳で今宵もまた、まだ見ぬ未来設計図の話に花が咲く。今度は、話を聴いていたおじの息子が熱のこもった持論を展開しながら地図を描き足して行く。

島人は馬鹿みたいに人を喜ばせたがる。たまにやり過ぎちゃうくらい喜ばせたがる。だから当然、本人がやりたい事も人に喜んでもらう事ばかりだ。ユライ(集い)の場になるとこんな風に自分達のやりたい事を話しはじめ、かなり高い確率で「それやろう!」という事になる。昔から脈々と受け継いできた“ユイ(結)”の力で形にしてしまうのだ。

“ユイ(結)”は島の祝の場に欠かせない踊り「六調」に似ている。「六調」が「唄・かけ声・三味線・太鼓・口笛・踊り」の六要素からなり、どれか一つが欠けても成立しないように、「楽しんでもらう人」を含めた人達それぞれが結束し協力しながら物事を創り上げて行く。地域のみんなで協力して、誰も欠ける事がないように目的を目指して行くのだ。

きっとこの島の地図は、ずーっと昔からこんな風にユライ(集い)の場とユイ(結)の力で描かれて来たのだろう。



結ノ島CAMP

2015年の「結ノ島CAMP」。来住者と一緒になって地元に伝わる踊りの輪を作った(上)、結ノ島CAMPには地元産の「たんかん」が出てくる島ガチャも登場(下)

ユエ(祝)

2015年。奄美初のキャンプイベント「結ノ島CAMP」が住用町で開催された。“結”の言葉を掲げ2日間に渡って開催されたこのイベントでは、シマの青年団や先輩方も出演してイベントを創り上げ楽しんだ。

子供の頃から過ごしてきた場所で、島内外から集った人々を八月踊りの輪の中に招き入れ踊る姿は誇らしげで、これまでに培って来たシマの伝統を披露するユエ(祝)の場のようだった。

2016年2月13~14日。第2回となる「結ノ島CAMP」が開催される。今年はシマ(集落)を散策するバスツアーも企画され、アウトドアのアクティビティとシマの暮らしを同時に体験出来るイベントにパワーアップした。

今日も島のあちこちで、ユライとユイとユエが繰り返されている。

「踊り好きなら早よでて踊れ 後ははぐれて踊ららぬ
   あなた百までわしゃ九十九まで 共に白髪のはえるまで」(六調の一節)

これからもこの島に住む人々はこんな風に集い、結い、祝って、新しい伝統を創って行くのだろう。

島に興味のある方々、行ってみたい方々、帰りたい方々。

まずはあなたもこのユライの輪の中に入って踊ってみませんか?




元井 庸介(もとい・ようすけ)著者紹介

1982年奄美市住用町城生まれ。2008年に帰郷し地元コミュニティFMに勤務。その後、奄美の持つ「多様性」と「偶発性」を表現するために「島ガチャ本舗」設立。島の魅力を丸ごとカプセルに詰め込んだガチャガチャ「島ガチャ」を島内外で展開中。

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

あまみんちゅあまみんちゅ[no.44]
田町 まさよさん(自然料理家・ガイド)

昨夏、レシピ本「こころとからだ 奄美再生のレシピ」を出版した。内容は、奄美でとれる旬の食材が持つ自然の力を最大限に引き出す料理集。重度のアトピーを克服した経験などをもとに「人が病気になるのは、自然とのつながりを忘れてしまったから。人の心と体を自然に戻す力が奄美にはあることを発信していきたい」と話す。

京都府出身。大学在学中にサーフィンにのめり込み、訪れた種子島の海や空に「自分を超えた大きなものとつながる感覚に心と体をつかまれた」。島暮らしを求めて、小笠原諸島や沖縄県を渡り歩き、1996年、奄美へ移住した。数年で戻るつもりだったが、移住3年目、重度のアトピーを患った。

あまみんちゅサブ

原因が分からず、病院でも治らなかった。しかし、家族同様に心と体をケアしてくれた島のお母さん(田畑朝子さん)の愛と奄美の自然の大きな力に助けられ、病状は徐々に回復していった。食事も、農薬を使わない地元野菜などをふんだんに使う料理に変えた。8年後には完治。「奄美の心身を再生させる力に目覚めた」。以来、奄美の自然の力を借りたリトリートツアーガイドや食品添加物を使用しない自然食に夢中になった。

奄美の魅力を「神様と人と自然が仲良く調和して暮らしているところ。日本の原風景が残る日本の宝」と話す。現在もオリジナルレシピの考案を続け料理教室やセミナーを開くほか、お米とサツマイモを発酵させる奄美の伝統発酵飲料「ミキ」を作りながら、真実について語り合う「ミキの会」を全国で開催する。

「情報があふれる時代、今の人たちは本当の気持ちをどこかに置き去りにしていると思う。自分の中の真実を話すことは、自分を根本から見つめ直す絶好の機会。奄美で学んだ“真実”を今後も多くの人に伝えていきたい」

■HP=http://tamachimasayo.com/
 ■ブログ(かみさまの住む島奄美)=http://plaza.rakuten.co.jp/loveamami/

あまみんちゅメイン

DATA

「あまみーる」

  • 奄美や沖縄で古くから普段着や礼服として使われた伝統素材「芭蕉布」。冬は、その芭蕉布のもとになる芭蕉の糸を作る季節です。芭蕉の糸の皮をはぎ、芯の皮を薄くして木灰で煮ると、キラキラ光る芭蕉の糸=写真=ができあがります。芭蕉糸は、見える世界と見えない世界を結ぶ力があるとされ、奄美ではユタ(宗教的職能者)やノロ(女性神職)の衣装やお祈りの道具として使われてきました。あまみーるでは、奄美で唯一、芭蕉の糸紡ぎや機織り体験ができます。

    <住所> 奄美市名瀬伊津部町20-4
    <営業時間> 10時~18時(定休・水曜日)
    <電話> 080-1726-5029(内山初美さん)
    ※機織り、糸紡ぎ体験は要予約
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