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ぼくが島に住んだ理由

author: 柳澤 大雅(更新日:2016年02月11日)

流線型のシーカヤック

伝統に磨き上げられた流線型のシーカヤック

大島海峡で漕ぐシーカヤックの魅力

皆さんはシーカヤックという舟に乗ったことがあるだろうか?
 それは静かに海辺を漕ぐことができる、細長い流線型をした小舟だ。
 はじめて乗る方は、その感覚に驚くかもしれない。そう、ちょうど水面の上に座り込んだような感覚。腕を下ろせば、すぐに海面にさわることができるし、目の前で小魚が飛び跳ねたりもする。
 エンジン音と共に水を押しのけて進む船とは違って、音も無く静か。風や波ゆらぎを感じながら静かに海を渡っていける優雅な乗り物だ。

シーカヤックは決して、近年新たに生み出された舟ではない。それはイヌイットやアリュートと呼ばれる北方の海洋民族が狩猟用に生み出した革張りの舟を、現代の造形技術で再現したものだ。
 「人力だけでいかに効率的に海を渡ることができるか?」そんな海洋民族の知恵の結晶が、二千年にも及ぶという伝統に磨き上げられた流線型のフォルムに込められている。

早速、パドルを手にして漕いでみよう。
 なにしろ相手は滑らかな水なので、無理に力を込めても水は逃げてしまうだけだ。パドルをそっと水面に差し込み、身体を伸ばすように後ろへと送り込めば、カヤックはスーッと水面を滑り出す。
 筋肉を使う運動とは思わずに、肩の力を抜いて、ダンスでも踊っているイメージでリズミカルにパドルを動かすことが、楽しくカヤックを漕ぐためのコツでもある。

海に浮かぶ森に囲まれた大島海峡

海に浮かぶ森に囲まれた大島海峡

僕が暮らしているのは、奄美大島の南のはずれにある、大島海峡に面した静かな浜辺の集落だ。
大島海峡は奄美大島と加計呂麻島の両方から迫った山並みが海へと落ち込み、深い渓谷が海に沈み込んだような独特な景観を誇っている。
その風景はまるで海に浮かぶ森に囲まれているかのようだ。

そんな大島海峡の景観を遠くから眺めたり、砂浜を歩いたりするだけではなく、もっと身体全体で海を感じながら味わってほしい。そんな時にはシーカヤックという道具がとても相性が良いのだ。
 山に囲まれた大島海峡の海はとても優しい。風の無い日は、まるで湖のように滑らかな水面が広がり、小さな岬をまわれば、陸路からは見ることのできない秘密の庭園のような白い砂浜がいくつも点在している。

大島海峡で青い海や珊瑚礁の素晴らしさを伝えるシーカヤックガイドの仕事を始めて、もう18年が経ってしまった。
 東京の世田谷区に生まれ育った僕が、なぜ奄美大島の浜辺の集落で暮らし、こんな仕事をしているのか?
 そんな話を少ししてみようと思う。

まるで湖のように静かな大島海峡

まるで湖のように静かな大島海峡

失意の日々からの脱出

それは失意の日々だった。
 生まれ育った東京での生活に行き詰まりを感じていた。
 勤めを辞めて友人と仕事を始めたのだが、その仕事にも全くやる気がなくなっていた。
 何をやっても上手くいかない…いや、何をやりたいのかすら分からない。しかも、それが大学出たての青年じゃなくて、三十をとうに過ぎている男なのだ。
 金が無くなって舞い戻ってきた三十男に実家の居心地は悪い。
 朝になり「行ってきます!」と勢い良く家を飛び出したものの、どこへも行くあては無い。
 どこへも行くあては無いから、ただ歩くのだ。ひたすら歩く、ただ歩く。歩いてさえいれば不審者ではない、そんなことをつぶやきながら、気がつけば泣きながら歩いている時もあった。
 そして歩き疲れたら場末の地味な喫茶店を選んで腰を下ろす。
 退職した老人が朝刊を舐めるように読んで暇を潰しているような、そんな喫茶店だ。
 焦燥感だけが身体を駆け巡る、追い詰められていた。
 「もう、オレ東京ダメかも知れない…」そんな思いが脳裏をよぎった。

そんな頃に、ふと本屋で手に取った写真集に目を見張る。青い珊瑚礁の海、南の島での暮らし…思い切って、東京を離れて暮らそうか?そんなことができるのか?
 その頃は、覚えたてのシュノーケリングが楽しくて、休みさえあれば東京からほど近い伊豆七島の島々へ通っていた。我流で折りたたみ式のシーカヤックを漕いだりもしていた。海に行くことが楽しくてしかたなかった。
 学生の頃から良く長旅に出ることもあって、東京以外にも現実の生活の仕方があるのは知っていた。
 そうだ、東京を出て、どこか海の近くで暮らそう!
 時間を見つけては移住先を探す旅に出るようになった。いきなり東京者が島暮らしも難しいだろうから、四国の高知県あたりはどうだろう?九州の宮崎は?鹿児島は?いっそ、もっと南の沖縄だろ!…そう、今になって思うと本当に申し訳ないのだが、当時の自分には正直なところ奄美群島はまったく目に入っていなかった。「鹿児島の南は沖縄でしょ!…途中にいくつか島があるけど…」その程度の認識だったのだ。

奄美の新緑に輝く亜熱帯常緑広葉樹林

奄美の新緑に輝く亜熱帯常緑広葉樹林

移住を目的に沖縄に通うようになった、現地で友人も作った、沖縄本島周辺の島々や宮古島、八重山諸島、かなりマイナーな島も訪れてみた。もちろん、どの島にも魅力的なところがあるのだが、なぜか、そこに自分が移住して暮らすというイメージが湧かないのだ。「やはり、自分の思い描くような理想的な島なんて無いのかな?」諦めかけて、何気なく南西諸島の地図を眺めている時に、奄美大島が目に入った。「何だろうこの島は! なぜ今まで、こんなに大きくて自然の豊かそうな島に行かなかったのだ?」

初めて奄美大島の地に足を踏み入れた時の感覚は忘れもしない。フェリーで降り立った名瀬新港はコンクリートで固められた埋め立て地で、とくに奄美らしさが感じられる場所では無い。
でも、なぜかその時に思ったのだ「ここだ!たぶん、きっと、俺の住む島はここだぁ!」
これはもう理屈ではない、ただ直感としか思えない感覚だった。

奄美の森の中に現れた地図にない滝

奄美の森の中に現れた地図にない滝

島に宿る「大いなる力」

島に移住して、気がつくともう18年が経っている。当初は成り立たないだろうと思っていたシーカヤックガイドの仕事でも、今はなんとか食いつないでいられるようになった。
 自分は奄美大島に救われた。危ういところを拾い上げてくれた。
 思えば不思議なことでもある。自分を救ってくれたであろう、この奄美大島に充満している「大いなる力」みたいなもの? これっていったい何だろう?

まるで竜宮城のような珊瑚礁の海

まるで竜宮城のような珊瑚礁の海

ひとつには、それは圧倒的な存在感を持つ自然の力なのかも知れない
 集落のすぐ近くまで迫る急峻な山と年間約3000ミリもの降水量がささえる亜熱帯常緑広葉樹林の深い森。
 そして森の中には、地形図にものっていない大きな滝があったり、古くからの巨木があったり、この島で独自の進化を遂げたアマミノクロウサギやケナガネズミなどの貴重な動物たちが静かに暮らしている。

また珊瑚礁の海をのぞけば、水面のすぐ下に、色鮮やかな魚たちが泳ぎ回り、不思議な形をしたサンゴやイソギンチャク、ヒトデやナマコの仲間など、なんとも言い表せないような多種多様な海の生物たちが竜宮城のような世界を繰り広げている。

祭祀空間とデイゴの古木

古くからの集落の佇まい。アシャゲと呼ばれる祭祀空間とデイゴの古木

もしかしたら「大いなる力」とは「神高い島」とも称される、この島に漂う神秘的な雰囲気なのかもしれない。この島にはノロやユタ神様という言葉で表されるような自然を崇拝する信仰の形が、今でも島の人の暮らしの中に残っている。
 日常生活の場である集落のなかに、神様の通るとされる「カミ道」があったり、「カミ山」と敬う小山があったり、おそらく100年前もほぼ同じ風景だったろうと思わせるような集落のたたずまいが今でも残っている。

古くからの信仰と生活の空間が、なぜ、ここまではっきりとした形で保存されているのだろう?
 それはまるで、変化の激しい平成の現代からは取り残された「別の時間が流れる異空間」のようでもあり、なんとも不思議な思いがするのだ。
 山も海も伝統も、未知の魅力に溢れた奄美大島。何だかトンデモナイものに出会ってしまった。そして僕は今でも、この島の「大いなる力」に助けられ、翻弄され続けている。






柳澤 大雅(やなぎさわ たいが)著者紹介

東京都世田谷区生まれ。シーカヤックガイド。1997年に奄美大島に移住。大島海峡を拠点に、ゆったり、のんびりのシーカヤック&キャンピングサービス、海辺のさんぽ社を主催。

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

あまみんちゅあまみんちゅ[no.45]
金井 志人(かない・ゆきひと)さん(金井工芸・龍郷町)

数多くの工程を経て出来上がる奄美の伝統的工芸品「大島紬」。龍郷町戸口の金井工芸は、そのうちの「泥染め」を担う。金井さんの工房では、自生するシャリンバイ(車輪梅)の樹木をチップ状にカットし、18時間近く2日かけて煮出した染料と泥田で100回近く染めて、大島紬特有の黒色を出す。

1979年、龍郷町生まれ。家業を継ぎ、泥染めをはじめとする天然染色に携わりながら、伝統的な技法を使って新しい分野にも挑戦し、多くのアーティストからも支持されている染色家だ。幼い頃から、職人さんたちが糸を川に洗いに行くのについていき、作業の横で泳いだり、タナガ(テナガエビ)やカニを捕ったりしていたという。

あまみんちゅサブ

「奄美の泥染めで使われる原材料と染める素材の面白みを生かし、うまくいくと全く違った分野での活用も期待できると思う」。最近研究しているのはサンゴや動物の骨、和紙など。スニーカーの泥染め、インドのビンテージキルト、元ちとせさんのステージ衣装の染めなども手掛けた。

採取する染料はシャリンバイのほか、家屋の防風林に見られるフクギ(福木)から黄色、自生するリュウキュウアイ(琉球藍)からは青色が抽出できる。山の恵みから色を採取し、泥で反応させ、川で洗うという原始的な方法は、自然に負荷を掛けずに奄美の特性を余すことなく活用する知恵が詰まっている。「私たちは奄美に染めをさせてもらっているような気さえします。先人の知恵と自然に感謝をすれば、やはり後世に紡いでいかなくてはと思うのは、どの時代でもあったのだろうと感じます」

文化を継ぎ、新たなもの作りの可能性を奄美から発信していく。3月11~20日まで奄美市の田中一村記念美術館で、日本クラフトデザイン協会員や奄美群島に関わる作家の作品展「奄やどり2016」にも出展する。工房の様子や県内外で開く作品展などの情報は金井工芸 http://www.kanaikougei.com/ (※工房の見学希望は0997-62-3428)

あまみんちゅメイン

DATA

Atelier lima(アトリエ リマ)

  • 大島紬の織りの工程で余った絹糸を使用したアクセサリーの店。山口つぐみさん、南寿実さんが作るオリジナルアクセサリーや雑貨も並び、「おしゃれな店内で若い年齢層にも大島紬を伝えやすいと思います」と金井さん。

    <住所>奄美市名瀬末広町13-4
    <電話&ファクス>0997-54-2208
    <営業時間>午前10時~午後5時(日曜休・不定休)
    <フェイスブック>
    https://www.facebook.com/lima-oshima-tsumugi-1577604429117647/
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