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自分ができる小さな恩返し

author: 小野寺 哲郎(更新日:2016年07月14日)

諸鈍の海岸線

諸鈍の海岸線。かつては琉球との交易の地として盛えた

島を作り守ってきた人たち

私が奄美大島の加計呂麻島に移り住んで、早いものでもう4年が経った。

私は東京生まれで、移住する前は神奈川県の鎌倉に住んでいた。知り合いのつてで加計呂麻を知り、その自然や風土に魅せられた。子どもが小学校にあがる前というタイミングだったことや、携わってきたウェブサイト制作やシステム開発などのIT関係の仕事も続けられると考え、思い切って家族で移住してきた。

いろいろな地域行事や日々の生活の中で集落の方と話をしていると、
「あの峠の道はみんなで作ってその道の下には桜を植えた」
「大きい台風の時に堤防の中に海水が入って溜まってしまったから暴風の中ショベルカーで砂をかき出して、水が海に戻るようにした」
などなど、この集落を作り守ってきたのは、まさに島の方たちであり、またそれは、現在の集落の方達だけでなく、その方達の先祖代々が続けてきた力の蓄積によって今があるのだということを感じる。

夜の港の風景

夜の港の風景。澄んだ海の小舟は、まるで宙に浮いているよう

都会で暮らしているときには考えもしなかったが、都会で道を作ったり建物を建てたりといった生活環境のほぼ全ては、顔の見えない誰かが仕事として行った結果である。一方、この島で人が住んでいる環境というのは、作り手が見える、いわば島の人のハンドメイドオリジナルの世界なのである。

そう考えた時に、ひょっこり外から入ってきた人間である自分が島に住み、その恩恵を享受するからには、ただ暮すだけではなく、島に対して何かいい影響を与えることができなければいけないなと考えるようになった。



諸鈍の浜から見た加計呂麻の夕日

諸鈍の浜から見た加計呂麻の夕日

島が直面する問題

生活しているとやはり、「少子高齢化・若者の都市部への流出」という地方の問題に身近に直面する。

実際、自分の子どもが入学した小学校は小規模校ではあるが、それなりに同級生や友達がいるのだけれど、やはり全体的な人数は少ない。

子どもの人数が減ると、その学校に子どもを通わせたいと思う親も少なくなり、一度大きく人数が減ると、なかなか盛り返すのは難しいだろう。

若者が島を出てしまう、子育て世代が島に帰ってこない一番の理由は、分かり切ったことではあるが「仕事がないから」というのが大きいのだと思う。



徳浜ビーチ

島でも屈指の美しさを誇る徳浜ビーチ

仕事を生み出すための観光

加計呂麻島で仕事を新しく生み出せるのは、やはりその自然や文化を活かした観光産業ではないだろうか。

瀬戸内町の古仁屋という便利な町から船で15分という絶妙な立地条件、船で渡るという行為によって感じることのできる隔世感、辺境感、他では味わうことのできないありのままの亜熱帯の自然の魅力、共に助け合う文化が生活に溶け込んでいるという都会にはない人の優しさなどなど、「加計呂麻島に来てよかったと」思える満足感は、観光へつながる大きなポテンシャルになると感じている。

また、加計呂麻島は人が少ないということや、観光地化されていない素朴な風景が魅力だという意見もある。

しかし、少子高齢化や若者の流出という島が直面する問題を考えた時に、観光に力を入れ、人の流入を増やすということは、これ以上若者の数を減らさず、島の良さや文化を残していくためにも、とても重要な役割を果たすだろうと考えている。

加計呂麻から見る夜空

加計呂麻から見る夜空。見える星の多さに驚く

人の流入を増やすためには、まずは知ってもらうこと、そのために情報発信が必要だと考えた。自分でも加計呂麻島を紹介する「カケロマウェルカム」(http://www.kakeroma-welcome.com/)というウェブサイトをつくり、積極的に情報発信を行っている。

まずは、島で生活されている方が営んでいる宿やアクティビティなどを、観光で来る方に知ってもらうことだ。これがきっかけとなり、島に魅力を感じ、訪れてくれる人の流入が増えれば、新たな仕事が生まれ、人も増えるのではと感じている。そこに繋がるお手伝いができればと考えている。



島の森で見つけた精霊のような木

島の森で見つけた精霊のような木

若者が帰ってくるためのIT教育

また、少し長いスパンで考えると、若者が島に帰ってくるためにできることとして、IT教育に力を入れるというのも有望なのではないかと考えている。

今後、第4次産業革命といわれる、モノがインターネットに繋がるIoTや、人工知能によってあらゆるものの効率化が進むのは間違いない。これはインターネットが生まれて生活が一変したそのインパクトよりもより大きいものになるだろう。

そして、そこに関わる仕事が爆発的に増えることも予想され、手に職をつけるチャンスにもつながる。また、その技術を身に付ければどこででもできる仕事なので、島で仕事をするという選択をする人も確実に増えるだろう。

おすすめのビューポイント

おすすめのビューポイント、夕日の丘からの眺め

例えば古仁屋高校でIT教育に力を入れて、島外からも人がくるような魅力ある高校にする、小中学生の頃からプログラミング教育に力を入れるなどの取り組みも面白いのでは、と思う。

こちらの方面でも、自分が何かできることがあれば積極的に関わっていきたいと思っている。

今まで述べてきたような考えがいい結果に結びつくのか、合っているのか分からないけれども、自分ができることで島の未来や経済に少しでも貢献できたら、それが島で暮らさせてもらっていることへの「小さな恩返し」になるだろうと、今は考えている。






小野寺 哲郎(おのでら・てつろう)著者紹介

1979年、東京都生まれ。東京や神奈川のIT系企業に勤務し、2012年から縁あって加計呂麻島に家族で移住。今は妻、3姉妹、犬1匹、猫2匹の大所帯。ウェブシステム開発・制作会社・ユーモレスク代表 http://www.humoresques.com/

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

あまみんちゅあまみんちゅ[no.50]
前田 龍也さん(アンティカ奄美店代表)

奄美市名瀬でジェラート店「アンティカ」を営むかたわら、瀬戸内町嘉入の(加計呂麻島)集落区長も務めている。若者がいないわずか10世帯の小さな「限界集落」。区長にとどまらず、消防団や保護司なども兼務している。毎朝、加計呂麻島から奄美市までフェリーで通勤だ。

「加計呂麻島は生まれ育ったかけがえのない場所」と言い切る。東京と神奈川で29年間過ごし、18年前に妻と小学生だった長女と長男を連れて帰郷した。「子どもが小さなうちに島で育てないと、と思った。シャケが生まれた川から大海に出て、生まれた川に戻ってくるように」。都会で成人してからでは、島に戻ってきてくれないだろうという考えもあったという。

豊かな海や山、川で育まれた子どもたちは、「奄美を身体いっぱいに吸い込んで育った」と感じている。現在は2人とも大学を卒業して島外に就職したが「島で育ってよかった」と言っているという。「近い将来、島に帰ってきてくれそうな予感もします」

あまみんちゅサブ

自身は、いくつかの職を経て、縁のあったジェラート会社社長の誘いで2007年に瀬戸内町にジェラート店を開いた。10年に奄美市に移転、今年6月には店舗を拡張した。

人気商品は加計呂麻島でつくられている「さんご塩」を使ったジェラート。ほかにも、黒糖やタンカン、すもも、島バナナ、グアバも取り揃え、地元住民や観光客に好評だ。

「奄美はいろいろなトロピカルフルーツが栽培されていて、ジェラートの原料が豊富にある。今後は、自分で原料を栽培し、製造まで手掛けたい」と意気込む。

愛する奄美のお薦めスポットは、住んでいる加計呂麻島。「手つかずの自然が残っている。ゆったりとした雰囲気の中で、頭と身体を癒したい方に、ぜひお越しいただきたい」と呼び掛ける。

あまみんちゅメイン

DATA

アンティカ

  •  定番の「バニラ」「パッションフルーツ」など常時14種類を取り揃えるほか、季節に応じたジェラートが並ぶ。店内ではイタリアンコーヒー(290円)やカプチーノ(400円)も飲める。ジェラートは、ダブル380円、シングル330円、ミニ280円。
  • 〒894-0026 奄美市名瀬港町5-26 マルサンビル1F
  • [電話]0997-69-3345
  • [開店時間]午前10時半~午後7時
  • http://amami.cz/antica/index.html
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