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私のユートピア

author: 樋口 暁子(更新日:2016年10月13日)

民宿・結の家がある龍郷町赤尾木・手広海岸周辺の様子。眺めも良くサーフィンのスポットとしても有名。

民宿・結の家がある龍郷町赤尾木・手広海岸周辺の様子。眺めも良くサーフィンのスポットとしても有名。

奄美人の心。

2014年、夫とともに奄美に移住して、早いもので3年目になる。民宿の管理人業にも慣れてきたところだ。

思いおこせば3年前の3月20日、東京の有明埠頭から、マルエーフェリーに乗って、愛車とともに奄美大島・名瀬の港に着いたのは、3月22日のお昼過ぎ。幸い航海はとても順調で、夫が少し船酔いをしたくらい。海風に吹かれながら、無事港に着いた。

私たちの民宿・結の家はこんな感じの宿です。

私たちの民宿・結の家はこんな感じの宿です。

驚いたことに、事前の連絡もしていなかったのに、港では2人の出迎えの人が待っていてくれて、私たちを目的地まで案内をしてくれた。この2人には、その後も何かとお世話になりっぱなし。おかげでこの間、困ったこともなく過ごせている。

2人は、私たちが奄美に移住をすることに決める前に、奄美市主催の移住者体験ツアーに参加した際、最終日に先輩として、1日中島内を案内してくれたO氏夫妻である。心細い思いで港に降り立った私たちを、笑顔で出迎えてくれた。おまけに、お弁当まで作ってくれていた。

ありがたく、涙の出る思いだった。これが「奄美人」の心意気なのだろうか。初日にして、奄美が大好きになった。



移住を決めた当時、夫婦で初めて訪れたあやまる岬。左が筆者。

移住を決めた当時、夫婦で初めて訪れたあやまる岬。左が筆者。

あやまる岬

奄美市笠利町に「あやまる岬」という景勝地がある。奄美十景の1つである。ほぼ、360度見渡せる美しい場所だ。

奄美に移住した初めてのお正月、この場所で夫と2人で撮った写真を年賀状にしたところ、友人たちから異口同音に質問が返ってきた。

「あやまる岬……って、あんた達、何か私たちに謝ることでもあるの?」という質問だった。私たち2人が暮らしていた埼玉での生活では、多くの人たちにお世話になっていたので、みんなそんな感じがしたのかもしれないが…。

あやまる岬に建つモニュメントには、おおよそこんなことが書いてある。

「美しい綾錦の手まりのように、岬が丸く突き出ていることから『あやまる岬』と呼ばれるようになった」ということなのだが…。

これまで長い間暮らしてきた場所には、お世話になったたくさんの人たちがいいる。この際、私たちにとって、人生最後のステージになるかもしれない奄美から、感謝の気持ちを込めて「謝る」のもいいかもしれない。そう考えた。



民宿の庭で実った島バナナ。手にしているのが筆者。

民宿の庭で実った島バナナ。手にしているのが筆者。

島バナナ

民宿の庭には、バナナの木が数本ある。移住した年、背丈はあまり高くない1本の木に、かわいい実が付いた。

バナナは買って食べるのが当たり前だった私たちにとって、木になっているバナナを見るのは勿論、食べるのも初めてのことになる。12月初めに気がついて、近所の人に聞いたところ、「熟すと、カラスなどにいたずらをされてしまうから、袋をかけておいたほうがいい」とアドバイスをもらった。

さっそく、夫が袋がけをして熟すのを待った。しばらくして「そろそろ食べ頃では」と、期待を胸に袋を開けてみた。ところが何と、熟しすぎてバナナは真っ黒。食べるどころではなかった。後で聞いたところ、袋はすっかり覆ってしまわずに、電気の傘のように、下のほうを空けておくのだそうだ。

期待していたので、大いに残念だった。

2年目は、青いうちに切り取ってお正月に間に合うようにと、実家に送ることにした。お正月にみんなが集まったときに食べられれば……と思って送ったが、関東の寒さでは、追熟が十分にできず、みんなで少しずつ持ち帰ったという。おいしかったのかどうか?その後の話は今一つ聞えてこなかった。

今年は3年目。バナナも2房、見事なものが実った。今年こそ、十分に熟した島バナナを食べようと意気込んでいる。切り取ったバナナは、きれいレモン色になり、夫の机の上に鎮座している。あと数日の我慢……である。



季節によってその輝きを変える奄美の海。「奄美ブルー」は島民の自慢だ(写真は大和村の国直海岸)。

季節によってその輝きを変える奄美の海。「奄美ブルー」は島民の自慢だ(写真は大和村の国直海岸)。

奄美ブルー

奄美の海の色を、「奄美ブルー」と呼ぶそうだ。

移住して3年目。これまで、何回か実家のある埼玉に行くことがあった。1昨年の7月1日から、LCC(格安航空会社)のバニラ・エアが就航して、奄美から関東方面に行くのも、来るのも、ずいぶん便利になった。

奄美空港を飛び立つときには、海をゆっくり見るのは難しいが、帰ってくるときには、晴れていると、奄美の海の色、この「奄美ブルー」を堪能することができる。

海の青、と一言で言うが、青という色が太陽のもとで、こんなに変化して美しさを増すなんて、これまでは想像もできなかった。とにかく美しい。それともう一つ、奄美の海は「潮の香り」がしないのが不思議だった。関東では、海の近くに行くと必ず独特な「潮の香り」というものを感じていたが、ここにはそれがない。

都会で感じる「潮の香り」は、死んだプランクトンが腐敗したときの「匂い」であることが多いと聞いた。一方、奄美のきれいな海ではプランクトンが元気なので、その腐敗した匂い、いわゆる「潮の香り」がないのだという。

透き通った海水越しに見ることができる、色とりどりの魚たちが泳ぐ姿は壮観だ。今日は台風一過。荒れ狂った高波も収まり、降り注ぐ陽光のもと、いつもと変わらない「奄美ブルー」が美しい。






樋口 暁子(ひぐち・あきこ)

1944年、埼玉県生まれ。2014年、夫とともに龍郷町に移住し、「民宿・結の家」の管理人を務める(結の家は施設整備のため10月20日~12月20日まで休業)。HP:http://www5.synapse.ne.jp/tida-yui/

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

あまみんちゅあまみんちゅ[no.53]
崎本 彩さん(初代ミス奄美黒糖焼酎)

鹿児島の本格焼酎を県内外・国外でPRするため、鹿児島県酒造組合の「初代ミス奄美黒糖焼酎」として昨年11月から活動している崎本彩さん。父の実家がある徳之島に幼い頃からよく遊びに行っていて、奄美は「第2の古里」だ。徳之島に行くとよく訪れるのが、喜念浜と畦プリンスビーチ。そこで拾った貝殻や波に洗われたガラス瓶のかけら(シーグラス)も部屋に飾っていて、「とってもきれいで、見るたびに癒やされています」。

ミス奄美黒糖焼酎として、物産展などのイベントで県内外・海外を飛び回った一年。奄美や徳之島を訪れた際、自分が思っていたよりも父や祖母、自分のことを知っていて話しかけてくれる人が多くて驚いたという。「私自身は島で生まれ育ったわけではないのに、まるで島人のようにみなさんがあたたかく接してくださるのが本当にうれしかったです。美しくて雄大な自然、おいしい食べ物だけではなく、あたたかい島の方々も奄美の魅力」。

あまみんちゅサブ

現在、鹿児島大学3年生。親戚が鹿児島市内で奄美黒糖焼酎などを販売する酒屋を営んでおり、黒糖焼酎には小さいころからなじみがあった。大学の先生から新しくミス奄美黒糖焼酎を募集するという話を聞き、チャレンジしてみたいと思って応募。イベントなどでおいしそうに黒糖焼酎を飲むお客さまを見ているとうれしくなるし、もっと多くの方々に黒糖焼酎のおいしさや魅力を伝えたい!と強く感じる。黒糖焼酎は水割りかロックで楽しんでいる。マンゴー、パッションフルーツなど南国の果物とも相性が良いので、ジュース割りもお勧め。奄美の方言で「トビンニャ」と呼ばれる貝と一緒に黒糖焼酎を飲むのが好きだという。

黒糖焼酎は、奄美群島でのみ醸造が許されているお酒。「現在25社ある蔵元巡りをするのも新たに知ることがたくさんあります。黒糖の独特の甘い香り、蔵元ごとに特長のある味わいをぜひ味わって」

あまみんちゅメイン

DATA

本格焼酎・黒砂糖の店 太志(ふとし)&居酒屋「いっちもーれ」

  •  鹿児島市名山町に30年ほど前からある酒屋。焼酎と黒砂糖販売の他に、居酒屋スペースも。オーナーの太志博義さん・早苗さん夫妻は徳之島出身。奄美黒糖焼酎はかなりレアな銘柄も取り扱っています。5時半から開く居酒屋「いっちもーれ」は気軽に行けて、のんびりとした雰囲気の中でおいしい焼酎とみそピーナッツ、ヒレカツ、豚足などの手作り料理を楽しむことができます。
  • [住所]鹿児島市名山町9-8
  • [電話]099-222-0883
  • [営業時間]午前7時半~午後11時(日曜休)
  • [HP]http://futoshi.main.jp/
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