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決まってないことを不安と思うか。決まってないから気楽と思うか。ど~っちだ!

author: 市部 真吾(更新日:2016年12月08日)

伊延港

暑が夏い!!伊延港。

どこえらぶ? オキエラブ!

3度目の冬がやってきた。
 3年前の夏、家族で東京から沖永良部島に移り住んだ。夏の日差しに驚き、冬の体感温度を奪う強風に、島の冬ってこんなに寒いの?なんて戸惑いながら、今では夏の暑さに満足し、短い冬の寒さに満足し、毎日を過ごしている。

電照菊の季節

沖永良部島の電照菊の季節は、まるで星が落ちてきたよう。

沖永良部島への移住のきっかけは、友人の結婚式だった。式で別の円卓に座っていた参加者が、声を掛けてきた。
 「あの。東京を離れるって聞いたんですけど。うちの会社、鹿児島の各離島に営業所があって、若い社員がいなくって…」
 どの島になるかは分からないが、うちの会社で働いてみないか、との誘いだった。「希望の場所があれば検討する」という。島々への知識もない私は、「いやいや、こちらこそ特別どことかないんで、必要な島で構いませんよ。どこえらぶ?オキエラブ!くらいの軽い感じでどこでも大丈夫なんで」。

タイミングは、不思議とそのタイミング。その縁で今こうして、沖永良部島で生活している。事前に島の情報など、全く調べないで来てしまった私が、島に不動産屋がないことを知り、どうやって家を探そうと焦り、家を見つけるまでに至った話はまた次の機会に。

面白がる実力があれば、世界中どこにいたって面白い。



ぷかぷか漂うヒトデ

海の中から空を見上げるとぷかぷか漂うヒトデ。

漂うように、ただ酔う

「人生っていう船は、自分で舵を切ってるって思いがちだけど、進路に最も影響するのは、風や波といった環境。見えない力が実際は進路をとっている」
 東京を離れようと決心した時、沖永良部島が転がってきたように、移住2年目で酒造りの世界、杜氏(とうじ)という仕事が突然転がってきた。

「PUKA PUKA」

自身のルーツとなる黒糖焼酎・「PUKA PUKA」

当時、通信インフラ整備の仕事をしていた。真夏の空がとても青い日、作業を終えて電柱から降りると、酒蔵の社長が「うちの蔵の酒を造らないか」と、握手をしてきた。しかもその社長は「それで急なんだが、1週間後に鹿児島の酒蔵へ酒造りの勉強と仕込みに5ヶ月行ってくれないか」。
 本当に人生何が起こるか分からないから面白い。そう感じずにはいられなかった。
 もちろん心は決まっている。だが、少し悩んだふりをしながら、酒造りの世界を受け入れた。その後の修行の日々が大変だということは分かっていたが…。


人生では、何かに酔っているべきだ、恋にでも、自分にでも。もちろん酒は適量が大事だが。
 そして、夢中になって造り上げた酒が、2016年11月1日・焼酎の日に発売された。名前は「PUKA PUKA」。その由来は、潜っていた海の中から空を見上げた時に、ヒトデがプカプカ漂っていたから。
「PUKA PUKA」は言った。「漂うように、ただ酔う」と。



子どもの“トレード”

たいがい休みの日は、子どもの“トレード”が。三人兄弟だけど三男坊はよその家にトレードされ、別の家から二人やってきた。

それぞれの場所

本来、夜空には空を埋め尽くすほどの数の星があるのに、東京の街から見える星の数はわずか。月明かりもこんなにも明るいのに、その光をほんの少ししか感じられない、外灯のない夜はとんでもなく暗い。子どもの頃にしっかりと持っていた本来(野生)の感覚や感性を忘れてしまっていたのだ。いろんな事を拾っては手放して、そしてまた拾って……。

東京のオフィス街には、無数の地下鉄が乗り入れている、そこには「立派に飾られたケーキを切ってみたら中身がスカスカ」というような、地下世界に沢山の人の手で作られた空洞がある。

そして、今住んでいる沖永良部島はケイビングという洞窟探検の聖地だ。島民の生活している場所の地底には、無数の未踏洞窟がまだまだあるらしい。その地底探検にいった人たちの声を聞くと「凄い!最高!生きてるうちに一度は行った方がいい!」。平凡というより、地味な飾り付けのケーキの中身はどうなっているんだ!と、東京に住んでいた時に感じた記憶を、違う意味で思い出し繋がった。

待つためだけに使う時間

日が沈むのを待つためだけに使う時間。

自然との付き合いが多くなった今、前より少し豊かになった自分がいる。「好」天気も「悪」天気もなく、あるのはありのままの天気と、天気に左右される自分自身。そのこともわかった。
 世の中は「いいね!」だけでは決してできていない。まだ沖永良部島に来たことのない方、自分の目で、耳で、手触りで沖永良部島を感じてほしい。

この島はとてもシンプルで来るものは拒まないけれど、この島を識るには長く深く付き合わないといけないし、アモーレ(愛)が必要だ。






市部 真吾(いちべ・しんご)著者紹介

1980年、鹿児島県出身。2013年8月に14年生活した東京を離れ、家族で沖永良部島に移住。島の小さな酒蔵・原田酒造の杜氏として働く。和泊町消防団第六分団所属。スローライフって何者だ!島の忙しさったら半端ない。大切なのは出発する事、車がなければヒッチハイクでも。。。

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奄美が大好き!なわたしが、旬の奄美をご紹介

あまみんちゅあまみんちゅ[no.55]
武住 清正さん(株式会社しまバス 企画営業担当)

「奄美は全ての集落(シマ)が面白い」。奄美のことをより深く知って、楽しんでもらおうと、2015年7月から「集落(しま)バスツアー」を始めた。ガジュマルの根元の湧き水、昔ながらのサンゴの石垣、集落の祭事などを司る女性(ノロ)や海神様や山神様が通ると大切に守られている「神道」。塩作り工場。集落在来の大根。バスで往復し、町歩きをする1日ツアーだ。武住さんは「集落の人は何もないよと言われますが、行くたびに発見するコト・モノがたくさんあります」という。

1981年、奄美市名瀬生まれ。高校卒業後、進学のため島を出て25歳の時にUターン。飲食店、観光案内所勤務を経て、奄美大島全域を走るバス会社「しまバス」入社、5年目になる。正月のサンゴン(三献)や夏の八月踊りなど、多くの奄美独特の文化や行事は、島外に出て帰郷し年を重ねるごとに大切に思えてきた。集落ごとに異なる風習や料理、特産品などにも興味が広がり、各集落の区長さんや歴史に詳しい年配の人に会いに行ったり、集落の人に話しかけたりして情報を集めて散策コースを決めている。ツアー中、「次はさらに集落をきれいにしようとか張り合いが出る。来てもらえることがうれしい」と言われたことも。お客さまだけでなく、集落の人々にも良い影響を与えているという実感を持てた言葉だ。

あまみんちゅサブ

冬は空気が澄んでいるので、路線バスでのんびり景色を見るのもいい。夕陽が落ちると「龍の目」に見える龍郷町円のかがんばなトンネルを通り、ソテツやバショウが群生する山肌が見える安木屋場(あんきゃば)地区も通る「芦花部・秋名(あしけぶ・あきな)線」がお薦めだ。奄美大島は、日本で2番目に大きな離島。路線バスで多くの観光地を1日で巡るのは、運行時間の都合でなかなか難しい。「しまバスに気軽に相談してください。そして自分専用の路線バス観光コースを作ってみては」と武住さん。バス乗り放題券もある(1日券2100円・2日券3150円・3日券4200円)。

【しまバス本社営業部】
<住所>奄美市名瀬伊津部町9-33

DATA

「あったどこね祭りバスツアー」

  •  奄美大島北部の奄美市・有良(あった)集落でしか収穫できない「あったどこね(有良大根)」の収穫祭に合わせたバスツアー。冬、有良地区に吹きつける寒風で育つ大根で、煮込んでも形が崩れにくく、柔らかく味がしみやすいのが特長。集落歩き・収穫体験・パークゴルフ体験もあります。昼食は「あったどこねをふんだんに使用したお料理」。お1人さま1本ずつ「あったどこね」をプレゼント。
  • [日 時]2017年1月15日(日) 午前9時~午後5時半頃
  • [場 所](株)しまバス本社営業所ターミナル~奄美市・有良集落
  • [参加費]大人2700円(小人2000円)※昼食代・税込み
  • [連絡先]しまバス(0997-52-0509)
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【おことわり】
「奄美なひととき」のコーナーは、今回で終了します。バックナンバーを含め、しばらくの間はご覧いただけます。