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'09/11/23 本紙掲載 

「新聞」感想文コンクール


中学1年の部

記事が教えてくれた「和食」の危機

鹿児島玉龍中1年(鹿児島市)木田 夕菜

「今日の夕食は、いかにも和食っていう感じだね。」
 私は食卓に母が並べた食事を見て、そう言いながら椅子に腰かけた。すると、
「でも、今では、和食と言えないけどね。」
 後から、私の横に座った父がそう言った。私は、父の言葉に耳を疑った。なぜなら、目の前に並べられているのは、ごはん、みそ汁にマグロの刺身、そして天ぷらなど、和食の代表格ばかりだからだ。
「なぜ」という問いに答えず父は、食卓の横においてある新聞ラックから、今朝の新聞を取り出し私に渡した。そこには「食料自給率上昇四十一%」という見出しが大きく載せられていた。食料自給率が年々低下してきていることは社会科の学習で知っていた。約四割程度しか日本の自給率はないのだ。でも、きっとそれは日本の食生活の変化によって外国からもたらされた洋食に限ったものだろうと考えていた。だから、父の言う意味がまだよく分からなかった。食事を終えた父を居間まで追いかけて食い下がる私に、
「農水省の食料自給表で調べてごらんよ。」
と、父が言うので、私は夕食もそこそこに早速調べ始めた。驚いた。味噌やしょう油の原料となる大豆は四%、天ぷらの衣の小麦とえびはそれぞれ五%、マグロですら四十%の自給率しかないのだ。これでは確かに和食とは言えない。私はやっと父の言う意味が分かってきた。
 私は改めて、新聞記事に目を通した。わずか四十年前までは自給率は七十%を超えていたのに、こんなに急激に低下し、現在は、その頃からするとおよそ半分近くになってしまっている。記事は、二年連続で改善したと伝える一方で、その理由として農産物が高騰し、輸入が減った為であり、本格的な自給率向上への道は遠いと述べられている。
 唯一、主食である米だけは、ほぼ百%であることには、正直ほっとしていた。ただ、記事の横に掲載されていたグラフを見て、九十年代のはじめ頃に、十%近くも自給率が減少している年があることに気が付いた。不思議に思った私は、何があったのか知りたくなってもう少し詳しく調べることにした。すると、この年は九十三年であることがわかった。そこで私は、市立図書館に出かけ、この年の新聞記事を片っ端からめくり始めた。すると、この年は冷夏の影響で全国的に米不足に陥り「平成の米騒動」と呼ばれる現象が起きていることがわかった。新聞には、米を買い占めたり、外国から緊急輸入したりする記事が連日、掲載されていた。
 そうなのだ。九十三年の急激な自給率の低下は、主食である米不足によるものだったのだ。米だけは大丈夫。そう思っていた私は、不安を感じられずにはいられなくなった。
 私の祖父母は兼業ながら、種子島で超早場米とよばれる早期米を生産している。七月の初めには祖父母の手紙と一緒に新米が届き、私たち家族はそのもちもちした新米を味わうのをみんな楽しみにしている。しかし、別の仕事を持ちながらも続ける祖父母の米づくりには苦労が多い。このまま米の消費が落ち込み、もし、また九十三年のようなことが起きるとおそらくもう祖父母の新米は食べられなくなる気がするのだ。それだけではない、父の言うように、和食がもう本当の意味での和食ではなくなっているかもしれないのだ。これは食事だけではなく、日本が育んできた文化の危機だと考えられないだろうか。
 私が目にした記事は自給率の変化という事実のみを伝えているのではない。この記事を読む私たちに、本当に日本の食料生産はこのままでよいのかと投げかけ、深く考える機会を与えてくれているのだ。

中学2年の部

命のバトンリレー

(兼南日会特別賞)
山中2年(徳之島町)大城 ちあき

 「臓器移植法改正」
 部活動から帰宅し、私の目に飛び込んできた新聞の七文字の言葉。とうとう可決したんだ…。私はつぶやいた。臓器移植法改正はこれまでも新聞でも取り上げられ賛否両論が紙上で展開されていた。自分の身近な人が臓器移植を必要としていたら、私も心から賛成するだろう。しかし移植には提供してくれるドナーの存在が不可欠だ。提供する側には苦渋の決断が迫られることも容易に想像できる。難しい問題に一つの決着がついたんだと思った。
 私は以前、臓器移植をされた方の体験談をまとめた本を読んだ。題名は「いのちのバトンリレー」。一人の女性が肝臓の病気にかかり臓器移植をする話だ。辛い闘病生活にも弱音を吐かずに頑張る姿。家族やボランティアの方々が一つの命を助けたいと一生懸命走り回る姿。私は多くの場面で感動した。臓器移植のことも、移植するまでの大変さもよく分かった。
 臓器移植を受けた人には誕生日が二つある。母親から授かった命、臓器を提供してくださった方からの命、二つの命に支えられて生きていくのだ。臓器移植は多くの人々の命を救う方法の一つであると改めて思った。
 しかし新聞の見出しは私を複雑な気持ちにさせた。「『脳死は人の死』成立」。脳死の判断基準についてはこれからも議論が進められていくだろうが、脳がその機能を果たさなくなった状態を「人の死」とすることが決められた。
 確かに脳死を死と判断することで、臓器移植のドナーの数が増えるのはいいことだと思う。しかし、目の前の人が脳死と判断されたとき、まだ心臓が動いているのに…、まだ手に温もりがあるのに…、とあきらめきれない思いがわいてくるのは仕方のないことだと思う。明日目覚めるかもしれないという一パーセントの希望を捨てることが果たして可能だろうか。私にはその場に直面しないと結論は出せない。けれども、もし自分の子供が脳死と言われたら、頭の中が真っ白になって何も考えられないだろう。そして脳死という事実を受け止めきれないでいるだろう。
 一人の医師は、脳死と判定されたとき、家族に三つの選択肢を示すそうだ。延命治療を続けるか、積極的治療はせずにみとりの医療に入るか、臓器提供をするか、だ。前二つはすぐに命が絶たれることはない。けれど臓器移植をすることは永遠の死を意味する。選択肢として挙げる医者にも相当の苦痛が強いられる。この医師はこうも言う。「重要なのは救命にできる限りの手を尽くすこと。そして移植を待つ患者のためではなく、本人や家族に提供意思があれば、それを生かすためと理解してもらうことだ」と。わたしには、この医師の言葉がすっと心に入ってきた。要は人と人とのふれ合いの中で全ては決定されていかなくてはならない。
 記事は慎重派の意見も伝える。「本人抜き」で、脳死、臓器移植という流れができることに対して私もまだまだ議論が必要だと感じている。一方で幼い子の移植が家族の同意で可能になり、「やっと出発点」と喜ぶ人がいる。私はこれからも新聞で提供される双方の意見を注意深く読み、自分なりに考えを深めていきたいと思う。
 肝臓の臓器移植を受けた女性は、二度目の誕生日を迎え、大きな希望を持って生きている。臓器移植がいいことであることは間違いない。その一方でドナー確保のための脳死判定については今後も十分な議論が待たれる。
 「情は理を超える」ことを一つの記事から真剣に考えさせられた。私は命のバトンが笑顔に包まれてリレーされることを願っている。

中学3年の部

理解する努力を

山中3年(徳之島町)津田 誠弥

 「重圧耐えられない」
 「裁く重み責任と不安」
 東京地裁で全国初の裁判員裁判が行われた日の翌日の新聞。記事の見出しには冒頭の言葉が太く大きく書かれていた。もちろん「人生経験から判断」という前向きな意見も載せられていたが、記事を読んでいて、将来自分が裁判員に選ばれたらどうしようと不安になった。僕は社会の授業で裁判員制度のことを知ってから、この制度に関わる新聞記事に極力目を通してきたが、課題が多いこの時点では、僕はまだ反対の立場だった。
 制度についてさらに理解を深めるために、夏休みを利用して徳之島簡易裁判所を訪問した。まず最初に裁判員制度に関するDVDを見せていただいた。それを見て裁判員が公判に立ち会う場面から判決に至るまでの一連の流れを知った。特に僕が印象に残ったのは評議の場面だった。評議とは被告人が有罪か無罪か、また量刑はどれくらいかなどについて裁判官を交えて議論することである。裁判員の意見はここで集約され、被告人の人生が左右される判決へとつなげられる。まさに裁判員として大きく責任が問われる場である。果たして僕はその重圧に耐えられるだろうか。
 僕が裁判員制度で一番気になるのはその点だ。被告人の人生が自分たちの意見で決められるというのは、精神的な重圧がかなり大きい。また生涯守秘義務を背負わなくてはならないというのも負担が大きい。裁判員の心のケアをどうするのか、精神的負担を軽減するための体制づくりが急がれる。
 DVDを視聴した後、僕は書記官の方に裁判室の中へ案内された。そこでは裁判官の方が着る黒い法服を着せていただいた。
「法服の色は、どんな色にも左右されない、どんな色にも染まらないという意味があるんだよ。」
と書記官の方が教えてくださった。法服を着て裁判長の席に座ると、本当に裁判をしている気分になった。実際に書記官の方が一人で被告人、弁護人、検察の方の役をして、冒頭陳述から裁判の一通りの流れを体験させてくださった。この場所で被告人は最終的に判決が下され、刑が確定するのだな、と思ったらなんだか重い気分になった。
 DVDを見たり、書記官の方と話したりするうちに、僕は裁判員制度が現場で必要とされていることを知ることができた。中でも、専門家以外の意見を裁判に反映することができる、裁判で結審に至るまでの時間を縮めることができる、裁判員と裁判官がチームを組んで十分に論議しながら進めることができる、の三点は、これまで知識としてはあったのに実際に裁判に携わる方に聞くと、そのよさを改めて認識することができた。
 僕は最初この制度には反対の立場だった。もっと国民の理解を得てからするべきではないか、と思っていた。けれどもその時の僕は理解しようと行動を起こしていなかった。この夏実際に裁判所に足を運んでみて、初めて知ったことが幾つもあった。まだまだ改善の余地のある制度ではあるけれども、少なくとも反対の立場ではなくなった。裁判員制度については新聞などがその進展を確実に伝えてくれるだろう。僕はこの制度がよりよく改善されていくのを注目したいと考えている。
 書記官の方の最後の言葉が印象に残った。
「裁判は人を裁くものではない。罪を裁くもの。人を裁くだけでなく、人を守るものなんだよ。」
 自分が裁判員に選ばれたとき、人を守れる裁判員でありたい。そのために、広い視野と豊かな知識や発想を持つこと、周囲の人に信頼される努力をすること、を意識して、これからの毎日を過ごしていきたい。


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